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Drive!! #92 ボート X 小説

六甲大学の副将の友永は、インカレでの蒼星大学との戦略についてクルーに語りかけていた。剛田はその話を聞きながら、友永の変化を感じていた。
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「まず先行したいクルーの考えることは、相手の背中を見たいということ。そしてもう一つは、相手が見えなくなった俺たちの動揺を期待している。大きく言うとその二つだろう。そして、その点に関しては、俺たちのクルーも同じ心情だからみんなもよくわかるはずだ」

強引に自分の考えについて来させようとするのではなく、全員にわかるように話している。どちらかと言うと天才肌の友永にしては、珍しいことだ。"わかるものだけわかればいい"というスタンスだった男が、随分変わったものだ。

「前者は相手が感じることだから仕方ないが、後者はこっちの裁量でどうにでもできる。

極端な話目を閉じてしまえばいい。かなり極論だがそうやって、ひたすら自艇にだけ集中すればいい。
そして先行するまでペースを絶対に落とさない。ひたすらアタックを継続してなんとしても先行する。その結果、1500mで力尽きようとも、構わない。」
これは弱気になって勝負を捨てているわけではなく、友永なりの相手に対するリスペクトだろう。相手の強さを認める。しかしその上であくまで勝ちに拘っている。

「相手は強く、そのくらい冒険するしか勝つ方法がないと思っている。だからCOXの合図があるまで、アタックを継続する。相手の前に出るまでそれをやめない。」
***
600mを過ぎた。自分の体だけ、
COXの合図がないということは相手はまだ自分たちより先行しているということだ、でもそのことについては、考えてはいけない。頭から排除した。ひたすら自分の筋肉と心肺が許す限り全量で艇を押す。

「アッタクいこう。さあいこう。」
目の前に座るCOXの長谷川が、躊躇なくアタックを入れる。この経験の少ない2回生COXの迷いをなくすというのも、もしかしたら友永の狙いにあるのかもしれない。長谷川は子の1年でよく成長したが、百戦錬磨の蒼星のCOXに経験では勝ち目がないだろう。相手はこの戸田のコースで関東勢と、あの紅綾や帝東と凌ぎを削る軍師だ。そこで純粋な体力勝負に持ち込んだ方が、いいと判断したのかもしれない。自然に長谷川のプライドを傷つけることなく、その流れに持ち込んだ友永。そんな配慮ができるようになったのも、"ボートで勝ちたい"という目的がもたらしたに違いない。
ひとりの頑固な男を簡単に変えてしまうくらい、この競技には得体の知れない魅力があった。

さあ、これで負けても悔いはない。俺たちの一番得意なレース展開だ。力尽きるまで、ひたすらアタックしよう。

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