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Drive!! #40 ボート X 小説

さっきまでオールが潜りがちだった井上のブレードの動きが改善されていた。COXの川田は自分のアドバイスが功を奏したことに満足していた。
***
俺の思った通り、井上はまだまだ伸び代がある。その他の2回生も同様だ。でもまずは前の方のシートから順に仕上げていきたい。

エイトの内、4名引っ張れる選手がいれば一気に艇速は上がる。
それは俺がずっとCOXをしてきた中で得た経験則だった。

実力的には2回生で1番の井上を6番のシートに持ってきた。前から3番目の漕手。そして井上を雄大に続く、ストロークサイドの軸にしたいと思っていた。彼のエルゴスコアは6'35"まで伸びていた。

なるべく早いタイミングで彼を開花させたかったが、思いの外早くその時は訪れるかもしれない。

今日はインターバル系のトレーニングを行なっている。ノーワークと呼ばれるゆっくりとしたペースで30本漕いだ後に、レースペースに上げて30本。全長が約3kmの川を、その繰り返しでひたすた周回する。

まず30本。時間にすると約1分間。これを固めることから始めようと思う。

「レート36でいこう。さあいこう」

自分のコールに応えて8人の漕手が一気に艇を進め始める。
5本を漕いだところで、レートは指定の36に達した。

いつもならここで、ストロークの雄大のオールと6番の井上のオールがずれ始める。水に深く潜らせている分、艇を押し始められるタイミングがほんの一瞬遅れてしまう。ブレードの持ち主である井上の肩も上がり、下半身の力が上手くオールに伝わらない。というのが俺の分析だった。

さっきのターンの後、ブレードの重さで水を掴めるとアドバイスしたのが効いている。井上の漕ぎは雄大の漕ぎとさらにリンクした。
艇速も5.5m/sだったのが、5.7m/sに上がった。レースの中の、コンスタントを想定したインターバルでは、結構いい数字だ。
「次ラストー、ありがとう」
3kmのコースを下り切った。艇を止めターンをする。
井上の表情は明るい。ターンの間、汗を拭いつつ、岡本と談笑している。
手応えを感じているのだろう。

ストロークの雄大が珍しく話しかけてきた。
「川田さん。さっきの片道は軽くなった、漕ぎやすい」
6番がリズム良くそして強く艇を押してくれると、ストロークの負担が軽減される。井上の漕ぎの改善がストロークや他の漕手も刺激する。同じエイトという物体を同時に扱うボートならではの相乗効果だ。
俺自身は漕いでいないが、漕手を注意深く見てアドバイスすることで、その相乗効果を生み出すことができる。
レース中に舵を取り、スパートのタイミングを指示するだけがCOXではない。
一番身近なコーチでもある。
自分ではCOXというポジションをそう考えている。

インカレまで3週間。
漕手が最高の漕ぎをできるように、自分も神経を研ぎ澄ませたい。

井上のエントリーの改善で艇速にリズムに安定感が生まれつつあった。
しかし、まだまだ変えられるところがある。
まだこのエイトは速くなる。

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