Drive!! #19 ボート X 小説
「勝ったのは君たち阪和大だ」
目の前の剛田さんは泣いていた。
「申し訳ない。自分でもよく分からん。なぜ泣いているのか。悔しいわけじゃないのに、涙が止まらん」
泣きながら顔を綻ばせている。
「杉本くん、とにかく見事だった。」
そう言って手を離し、ごしごしとその手で涙を拭っている。
勝った。僕たちが勝ったんだ!
剛田さんに一礼してから、後ろを振り向く。
翔太さんが真っ直ぐ見つめ返しうなずいている。
周りに集まってくれていた川田さんたちも歓声を上げて喜んでくれた。
「すげーー!」とはしゃいでいる岡本が「タイム見に行こうぜ!」と言って、頷いた井上と一緒にボードの前に向かって走っていった。
川田さんたちもそろそろレースの準備がある、その場を離れていった。
「剛田の言うとおり、今日のレースの主役は杉本くんだった」
剛田さんの後から、僕たちのところへ来ていた友永さんが言った。
「完全に俺たちは桂だけをマークしていた。俺らは桂を知り尽くしている。だから油断した。スパートでの劇的なギアチェンジはないと。」
後を追って、剛田さんが続ける。
「そこを杉本くんが強引に漕ぎを変えていった。特にラストスパートから、更にレートを上げるダブルスパート。バランスもリズムも無茶苦茶だが、とにかく速かった。俺たちは完全に虚を突かれたよ。」
よく分からないけど、僕が褒められているみたいだ。
「見事だ。杉本くん」
友永さんにも握手を求められた。
慌てて会釈しながら手を握り返した。
剛田さんとは違って、手が触れ合った瞬間に友永さんは、さっと離れていった。
友永さんは、その後で翔太さんに向き直って。
「桂、今からインカレが楽しみなんじゃないか」
翔太さんは「なんでもお見通しかよ」笑っている。
「そりゃそうだ、あの声のボリュームはペアの声量じゃない。エイトみたいだったよ。並べてるときに、別のレースに思いを馳せるとは、俺らも舐められたもんだね」
そう言いながらも、楽しそうに友永さんは笑っている。
「杉本くん、インカレでもいいレースをしようね。」
そう言い残してた友永さん。
横で頷いた剛田さんと共にその場を去っていった。
「声量とか、別のレースとか、友永さんは何をいってたんですか?」
翔太さんは、ちょっと迷ってから言った。
「あそこまで言い当てられたら仕方ない。後で言おうと思ってたが、今伝えておく。杉本、インカレではエイトに乗ってくれ」
それは突然の知らせだった。
「漕いでる時、エイトのバウに乗るシーンが思い浮かんだんだ。だからペアなのに、思い切り声を張り上げてしまった。友永が言ってたのはそのことだろう。まあ、今日の漕ぎなら合格だ。誰にも文句は言わせない。お前さえよければ、次の試合エイトで出て欲しい。」
なぜだろう。
先輩に褒められる。それだけで、今までやってきて良かったと思える。
口では「いやいや、まだ早いっすよ」とか謙遜している自分。
だが、”そうなるとまた翔太さんと漕げるのか”と頭では早くも練習風景や試合のイメージを膨らませていた。
もうすぐ六甲戦のフィナーレだ。
岡本や井上も乗る、エイトのレースが始まる。
「それから雄大の調子によっては、杉本がストロークだ。」
いきなりエイトのエースが座るストロークのシート。
それはさすがに出世にも程がある。
でも任せてもらえるなら、やってみたいとも思っていた。
雄大さんの漕ぎを見るまでは。
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