Drive!! #99 ボート X 小説
"次世代に託す"
六甲大学の剛田と友永は、互いに口には出さずともその意思を共有していた。
そして、少しでも強豪校相手にレースを優位に進め、来年以降の糧にしてもらおうと今回のレースに挑んでいた。
二人は下級生の時からエイトには乗らず、二人だけで多くの大会に出て戦果を残してきた。しかし一方で下級生たちに残せているものは少ないと感じていた。だからこそこのレースはチームへの恩返しのために位置付けた。
強豪校にも勝つイメージ。それが自分たちにできる最後の仕事だと。
その狙い通り、スタートから1500m地点まで優位にレースを進めたが、ストロークの剛田、7番の友永は共に体力の限界がきている。
最大2シートあった差も失い、体力も多少温存している蒼星との勝負は残り500mだが、さすがに逃げきれないだろう。
それでも剛田の心には満足感にも似た気持ちが湧いていた。
***
"この内容なら上出来だ"
俺は負けを感じていながら、安堵にも似た気持ちを抱いていた。
レースプラン通りなら残り300mでスパートに入るが、それまでには相手に抜かれてしまうだろう。
そうなれば、スプリント力に長ける蒼星には追いつけまい。
でもそれで良い。
もともと自力では到底敵わない相手だ、ここまでのレースが出来たのはむしろ実力以上のものが存分に出せた。このイメージで来年以降のチームが上を目指していけるようになれば、俺と友永の仕事は終わりと言って良いだろう。
みんなも満足するに違いない。俺たちのクルーはどこか勝ちに貪欲になりきれない、優しい奴らが多い。後輩のメンバーは少し負け癖に似たようなところもある。でも"あと一歩で勝てた"という経験がその殻を破るはずだ。
自分たちの大学の横断幕や旗が見えた。"必勝"と達筆の筆文字で書かれたその旗に申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
マネージャーも、コーチも祈るような格好で声を張り上げている。
みんな、すまん。でもこれで良い。これで良い。
その瞬間、目の前でCOXの林が声を張り上げた。
「スパートいこう!さあいこう!」
"え、今?"
プランではラスト300mからがスパートだと決まっていた。
林はこれまでレースプランを忠実に守ってきた。自分の判断でそれを覆すことなんて今までなかった。
彼のラダーを握る肘に欠陥が浮いている。そして顔を紅潮させて叫んでいる。
「勝ちましょう!まだ大丈夫!」
後ろのシートからも次々に声が上がる。
このチームになって初めてだ。こんなこと。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?