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Drive!! #70 ボート X 小説

熱戦が繰り広げられている水上とは対照的に、9人の周囲だけ異様に静かだった。

もすうぐインカレの最初のレース。
9人で手分けして、オールを船台付近に運んだり、エイトのシートの下に取り付けるプラスチックの蓋を付けたりする。

COXの川田はレースプランを頭に浮かべていた。
太陽は高い位置で、熱を持ってレースを見つめていた。
***
今年のインカレのレースでは、予選、敗者復活、準決勝、決勝という4つのレースが4日間に1レースずつ行われる。エイトでは、まず4組ある予選での各組1着が、三日目の準決勝への進出を決める。そして、2着以下で同じく4組の敗者復活戦が構成され、その各組1着も同じく準決勝へ進出する。

つまりまずは今日か明日のレースで1着になることが必要だ。

そこを突破すれば、三日目以降のレースへの進出が決まり、上位8クルーまでに入賞できることが確定する。
そして2組に分かれて行われる準決勝の、1着と2着が優勝から4位を決めるA決勝へ、残りが5位から8位を決めるB決勝へと進み四日目の最終日にレースを行う。

実力の差をつけて買ってこれた関西圏のレースとは違い、今日からのレースでは接戦が予想される。俺のコールが勝敗を左右するかもしれない。

COXがレースで発する声はコールと呼ばれ、どんな場面でどういうコールをかけるかが、艇速にも大きく関わってくる。

普段の練習後だったら、ひとりひとりの性格や、コンディションに合わせてそれぞれに声をかけることができるが、レース本番ではそうはいかない。

全員が極限状態で俺の声に耳を傾けている。

その中でクルーに必要な言葉を瞬時に洗い出す。ドライブの強さを意識すると力む選手もいる。顕著なのは杉本だ。最近ではエイトの艇速にも順応してくれているが、どうしても力んでしまう場面がある。
逆にリラックスを強調するとリズムを崩して水を上手くつかめない選手もいる。岡本なんかは、こっちのタイプに該当する。

だけど、重要なタイミングで発することができるのは一言だけで、そしてそれは個別にではなく、全員の耳に等しく届く。

レース本番では、オーケストラの指揮者のように、全員の特色を頭に入れ、自艇やライバルの状況を感じ、その先のレースプランや戦況の予測を立てて、その中で艇速を最大化する言葉を見つけ、最良のタイミングで発するのだ。

それが俺のCOXとしての使命だ。

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