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Drive!! #58 ボート X 小説

インカレ2日前。食事も入浴も済ませてあとは消灯を待つだけになったが、橋本はひとりコンビニへ向かった。
道中の自販機の白い光が見慣れた影を照らしている。同期の雄大。翔太さんの弟。エース。エリート。同期なのに、あまり話したことはない。
***
俺はその人影に近づくにつれて、息苦しさを覚える。
同期の雄大はボートの世界ではいわゆるエリートだ。強い兄を持ち、その背中をみて育ち、いつの間にか追い越している。

運動初心者の自分とは住んでいる世界が違う。
俺のように負けた相手のことなんて考えないだろう。

俺は今一度、自分に生じた迷いを思い出す。そしてその原因を探った。

インカレに出場する他のクルーを見て、自分は始めて負けを意識して怖気付いているのかもしれない。

今まで勝った時に、負けた相手に意識が及ぶことなんてなかった。急に負ける人の立場を考え始めたのは、自分が負けを意識しているからなのかもしれない。そうやって負けを恐れるあまり、都合よく負けた人の感情なんかに思いを寄せてみたりするのかもしれない。

死を目前にした人が、死ぬのってどういうことか。その解釈を事前に深めておくように、自分は負けることの準備をしているのかもしれない。

そんな自分が情けない。そして、変わりたいと漠然と思った。

いつもはそんなこと考えもしないが、気まずかった目の前の同期と話してみよう。というアイデアが頭をよぎった。

雄大なら勝負事に対して、何か思うところがあるかもしれない。
あるいは、"意味がわからない"と一蹴されるだろうか。

遠征で馴染みのない土地にいるということが、自分を少しだけ大胆にしている気がする。

真っ暗な道中にある、自販機の明かりに照らされて、ペットボトルの容器を傾けている雄大。
俺は思い切って、その影に声をかけた。

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