Drive!! #67 ボート X 小説
インカレ前日の最後の練習。2番に座る杉本は、練習とは全然違うことを考えていた。決して集中していないわけでも、部活から逃げたいわけでもない。ただふとした瞬間、取り止めもないことが頭に浮かぶことがある。
***
晴れた夏空、頭上高くに種別を判定できない鳥が、円を描いて飛んでいた。
練習ではUTを軽く漕いだ後に、500mを1本だけやった。仕上げとしては、いい感じだと思う。ノーワークで船台に近寄っていく最中。
ボートを漕ぎながら考えることがある。
動物から見たら、"なんで人間はわざわざ自分の体を痛めつけているのか"と不思議に思ったりするだろうか。
もともと少しでも生きながらえるため、来るべきときに備えて体力を温存しておくのが動物というものじゃないのか。
それを、しんどい、しんどいと悲痛な叫びを上げながら、ちょっとでもその"しんどい"の濃度を高めることに心血を注いでいる。
「そんなにしんどいならやめときなよ。」
鳥にそう言われたら、弁解の余地もない。
でもさっきから頭の中では、もっと自分の持てる力をこのボートにぶつけるにはどうすればいいのかということを考えている。
艇上でもっと力尽きるには、体の関節をどう動かせばいいのか、呼吸をどのようなリズムで刻めばいいのか。筋肉に力を込めるタイミングはこれでいいのか。そういうことを夢中で自問しているのである。
案外、あほなのかもしれない。
というのが、自分の結論だった。
意外と人間はあほなのかもしれない。動物の中で一番知能があるとか言われているが、というか自分たちで言っているが、あるときを境に、動物としては非効率で、無駄なことを始めたんだと思う。
でもその非効率で、無駄なことのなかにこそ、何かがある。
感覚的にそれは悪いものではないと分かった。
生きながらえるとか、そういったことを考えなくていい環境の中に自分はいて、このしんどさは苦痛ではなく幸せなんだと最近では感じる。
そして、たぶん今の自分は何かに酔っている期間でもある。
一部の人間を除いて、社会人になったらボートをやめる。
自分だってたぶんサラリーマンになるだろう。それをなんとなく分かりながら漕いでいる。いつか宴が終わると分かっていながら、きつい酒を煽るときのように。
だからこそ、"今しかない" とも思ったりする。
自分の過ごしている今が、一般に"青春"と言われているようなそれに該当するかは分からない。でも、こんな非効率なことをするのは今しかない気がした。
いつか大人になったら、「なんであの時、あんなことしていたのか」と二日酔いの時のように、思い出すのだろう。
そのときに、まあでもそんな期間があって良かったな、と思えるようにしたい。
そしてそのために、何かできるとすれば、それは今しかないのだ。
大袈裟だろうか。でも自分はそんな風に思い詰めながら、漕いでいきたいと思う。遊ぶように、苦しむように。
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