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Drive!! #31 ボート X 小説

試合の映像を見終わって、翔太が口を開く。
「まあ、いま見てもらった通り、日本一への壁は厚いぜ。それもとてつもなくな。」
部屋中をピリついた空気が満たしていた。
厳しいことは、覚悟はしていたはずだ。しかし帝東の漕ぎ、それから紅陵の猛烈なスパート。
下屋は、画面越しにも萎縮している自分がいることを強く意識していた。

「泣いても笑っても、俺にとっては最後のインカレだ。」
翔太が呟く。彼にしては珍しく、慎重に言葉を発したように感じた。

競技人口の少なさから、大学のボート競技は、事前にエルゴのタイムを切っていればインカレにエントリーできる。
だからといって、そのかけがえのなさは失われるわけではないだろう。

最後の夏。と思うと、体に自然と力が入った。
「さあ、練習だ」
そう言う翔太の声はいつもの調子に戻っていた。

川田がレースプランを発表する。今日から特訓だ。
エイトのレースは約6分間。今日からその6分のための3週間が始まる。

いや思えば、俺の大学生活は、6分のための4年間なのかも知れない。

大切にしたいと思った。

***
陸でのアップの後、9人で水上にエイトを浮かべた。
先ほどの映像の衝撃が残っているのだろうか。
みんなの口数がいつもより少なく思えた。

いつものルーティンでキャッチとフィニッシュのポジション確認から始める。
その様子を陸からマネージャーが撮影してくれていた。
陸に上がったときに、漕手が確認するようの映像だ。
朝練でも晩練でも、日が登っていて漕手が確認できる間、ずっと姿を追っている。

その様子を、今エイトの上から見ているんだな、俺は。
1年の秋まで、彼は漕手を撮影する側だった。

下屋のボート部生活の始まりは、マネージャーとしてだった。

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