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Drive!! #42 ボート X 小説

不安そうにエイトのストロークのシートに乗り込んだ橋本に、「いつも通り漕げば良いよ」と川田は声をかけた。
***
俺がシートチェンジを練習に取り入れたいと考えたのは、二つ理由がある。

ひとつ目は、橋本と辰巳に自発性を養ってほしいからだった。
橋本と辰巳は、うまく前から伝わってくるリズムに合わせて、自分を馴染ませるのが得意だ。この二人が4番と3番で艇の中心にいるからこそ、安定感のある漕ぎができている。

だが前の動きに合わせるのに長けている一方で、自分で艇の動きやレース展開を察知し、判断することが苦手であるとも感じていた。

別に自分勝手にペースを上げろというわけじゃない。だた”今は後ろのメンバーが上げて、ストロークのペースを維持してほしい” そういう場面でも、ふたりは自発的にはペースを上げることはせず、淡々とレースプランに沿った漕ぎをする。そこに課題と伸び代を感じていた。

これまでの試合では中盤から後半にかけて多少の失速があっても、序盤のリードで勝ってきた。そこまで痛手にはならなかった。
ただ一度スピードを落としてしまうロスは大きい。自転車でも一度ゆっくり漕ぐと再びスピードをあげる時、ものすごく力がいる。それに似ている。

どういう時に、前のシートのメンバーは後ろに上げてほしいと思うか。それを学んでもらうというのが、ひとつ目の理由。

そして、ふたつ目はこの影の功労者たちの凄さを、他のメンバーに実感してもらうこと。

橋本と辰巳が真ん中から抜け、代わりに漕ぐのはいつも自由に漕いでいる雄大とその雄大に合わせている下屋。
艇の中心で漕ぐ。それは前で引っ張って漕ぐのとは、また違う難しさがある。
特に雄大は、ストロークから4番のシートに移動し、前に4人も乗っている状態になった。その4人の動きを総合して、艇のリズムを察知しなければならない。動きに迷いが生じてくるだろう。また下屋も普段は生じない迷いの中漕ぐ雄大に合わせるのは至難の技だろう。
橋本と辰巳が当たり前のようにこなしていることのすごさ。
それをみんなに実感してもらいたいというのが二つ目だ。

重要なのは、自分からこの二つの狙いを口にしてはいけない、ということだ。可能であれば、漕手がそれを自発的に感じとれるよう仕向けていく。


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