Drive!! #94 ボート X 小説
音で分かる。相手の艇が近くにいる。
六甲大学の剛田は全身に耐えがたい苦痛を感じながら、それが徐々に薄れていくのを感じていた。
ここまでかなり無理して、アタックを入れて来た。というよりほとんど体力は使い果たしているのに近い。
だが彼はその無謀にも思える特攻が功を奏していたことを確信していた。
前に出られる。スタートの王者、蒼星とのアタック合戦に幕が下されようとしていた。剛田は薄くなる意識の中で、待望のコールを耳にする。
***
「蒼星に並んでる。前に出るよ。アッタクいこう。さあいこう」
1000mの手前で、待ちに待ったそのコールを耳にした時、俺の全身から疲れが吹き飛ぶのを感じていた。
我慢して飛ばして来た甲斐があった。
ついに1000m地点を過ぎたところで、蒼星を捉えた。
しかしここまでに払った代償は大きい。このまま持つだろうか。
肺は今にも破れそうなくらいキツイし、足はちゃんと押せてるのか不安になる程感覚が心許なかった。
でも今まで何度もこの動作を繰り返して来た。この漕ぐという単調な動きを。
今は体に染み込んだそれをただ信じて繰り返していた。
これまでの練習が、学生生活を費やして手に入れた何かが、今ここで発揮されることを信じて。
俺はただもうひとりの自分に身を任せている気分で苦痛に耐えていた。
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