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Drive!! #62 ボート X 小説

自販機の前。雄大は「負けるのが怖い」と告白した。意外だった。
冷たい風が肌を撫でる。昼間は元気よく暑いのに、夜にふっとこういう風が吹いたりして、一日の中でごく短い時間、季節を秋に譲っているみたいだ。
***
当然といえばそうだが、俺よりレースに出ていて、雄大といえど負けの経験もある。

「橋本、俺はぶっちゃけ負けるの怖いよ」
意外な告白だったが、その一言で救われている自分がいた。雄大は続ける。

「勝ちたいって気持ちと同じくらい、負けたくないって気持ちもあってさ、それって怖いからなんだよ。」
そういえば、2年のインカレでは兄の翔太さんと一緒にペアで出場して、六甲大の郷田さん、友永さんに大差で負けて準優勝だった。
そのレースは"準優勝を飾った"とは称されず、どちらかというと"負けを喫した"と部内でも雄大自身の口からも、そう語られることの方が多い。俺なんかは、全国で2位なのに、苦い記憶なんだ、こいつ。と思と改めてすごいなというか、厳しい道だななんて思うのだが。

それからスランプじゃないけど、傍目から見る感じも漕ぎに迫力のない時期が続いている気がするし、単純に部活がしんどそうに見えた。
「勝つことと、負けないことってほとんど一緒なんだけどさ。そこには違いがあるような気がするんだよな。負けの怖さを知った上で、勝ちにいくみたいな。うまくいえないけど」

俺自身はどうだろう。勝ちたい気持ちと、負けたくない気持ちどちらが強いだろう。
なんとなく、そのどちらにも当てはまらずに、ぼんやりと"勝てたら良いな"という気持ちが一番しっくりくるような気がする。

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