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Drive!! #41 ボート X 小説

井上の漕ぎの改善で安定感をエイトは安定感を増していた。COXの川田は次なるブレイクスルーを狙っていた。
***
インカレでは、最後の爆発力が必要な場面が出てくる。
俺はそう睨んでいた。
2回生で6番を漕ぐ井上が開花の兆しを見せている。次の段階に入ろう。

4番に座る橋本と、3番の辰巳。両3回生は目立たないが安定した漕ぎでチームを支えている。
この二人にもまだ伸び代がある。

なんとなくチームの中でも派手さがないという意識が自分たちの中にもあるに違いない。でもエルゴスコアは橋本が6'38"、辰巳はこないだベストを更新して6'37"だった。

もうチームの中心選手としてのスコアを有していた。後はメンタル面で殻を破れば、大きく推進力になることは間違いない。

ただ井上に比べても1年間経験が長く、漕ぎが固まってきているのは確かだ。良い意味でも悪い意味でも。短期間で大きくフォーム自体を変えることは難しい。でも少しずつ変化の種は撒いておこうと思う。

「橋本、辰巳、どんな感じだ?」
こういう時、先に声を発するのは決まって辰巳だった。
「さっきの片道は、リズムがちょっと良くなった気がします。」
言葉は控えめだ。影響力の強い4回生や、同期でチームのエースである雄大、そして勢いのある2回生に埋もれている感じがする。
「俺もそう思います。」橋本は大体それしか言わない。でも感覚が鈍いわけじゃないし、追い込まれれば発言する。
辰巳と橋本は、自分たち二人の意見で大きくエイトの方向性を左右しないように、控えめであることを意識している。

今まではそれで良かった。関西圏であれば、堅実に勝ちを重ねていけば良い。でも戸田の舞台ではそうはいかない。
番狂わせが必要だ。鍵は普段控えめな3回生ふたり。橋本と辰巳だ。
しかもふたりはそれに見合う実力を持っている。
これも俺の勘が正しければ、ということだが。

「一回桟橋につけても良いか?」
俺はクルーの了解を得て、エイトを岸に寄せた。
岡本が「川田さん、お腹痛いんですかー?もしかして、アイスの食べ過ぎですか」と言って笑っている。
「それはお前だろ」と下屋が言って、みんな笑っている。
下屋はなんとなくお堅いという感じがするが、最近は後輩とも結構普段から絡むようになってきていた。
目の前の雄大は笑っていない。でも不快には感じていないようだ。練習に集中しているだけだ。これも良い兆候である。

岸につけると俺はいった。
「リギングはしなくて良い。雄大と橋本、それから下屋と辰巳。それぞれシートを入れ替えてくれ。」
控えめな橋本と辰巳を先頭で漕がせてみたい。これはあくまで種まきだ。すぐに開花しなくても良い。

なんとなく意図を汲み取ってくれているのか、雄大と下屋はすぐに立ち上がった。こだわりの強い雄大はオールを外して、持っていく。下屋はそのままだ。翔太とは以心伝心だと思っている。伝わっているだろう。

しかし、橋本と辰巳はふたりは手招きしても、なかなかシートから腰をあげようとしない。オールを持った雄大が橋本に話しかける。これもぶっきらぼうな雄大にしては珍しいことだ。
「ストローク、結構漕ぐの気持ちいいぜ」
周りにも不思議な空気が流れている。別に仲が悪いわけじゃないが、橋本と話すのは珍しい。
「おお、わかった」橋本はそう言うと、やや俯きがちに一番前のシートに腰掛けた。辰巳もそれに続く。

もうお前らにも十分な実力がついてるんだぜ。と俺は心の中で思った。
ずっと漕ぎを見ている俺が言うのだから間違いない。
今日の練習のラスト30分は、ふたりに自信をつけさせるための舞台にしよう。俺は頭でプランを練った。

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