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Drive!! #113 ボート X 小説

「墨田さーん!」
コースで後輩の瀧野から声をかけられた。

瀧野は今年からサークルに入部した新入部員だった。
この男も俺と同じく、このインカレで初めてボートを見たらしい。

初日に見た時から、「めっちゃいいですね、ボートって」と虜になっている様子で、彼の熱気からそれは嘘ではないと分かるのだが、「具体的には?」と聞いてみると、「いやー、言葉にするのは難しいんですが、、、」とニコニコしながら戸惑っていた。

でも瀧野の言うことは、自分にもなんとなく理解できた。
野球の派手な逆転ホームランや、サッカーのオーバーヘッドシュートがあるわけでもない。ただ淡々と選手は静かに水面を滑っていき、ゴールへと向かう。(速いクルーほど静かな感じがする)

その中になんとも言えず引き込まれる魅力がある競技だ。

シングルスカルと呼ばれる一人乗りの艇では、約8mもの長さがあるのに、その幅は大人が座るとほとんど余分がないほど細長い。その船体の両側からアウトリガーが突き出ていて、そこに長さ約3mほどのオールをそれぞれ取り付ける。それがいわば支えになっている。

座っているシート部分を前後して脚の推進力で、艇を進ませていく。小山座りの状態に曲げていく、そしてオールの先のブレードが水面を捉えた瞬間に、その脚を思い切り伸ばして艇にスピードを与えるのだ。

そうじゃない。
もちろん必要な知識ではあるが、ボートの原理を知っても仕方ないだろう。
自分の描いてみたいものには近づかない。

「僕、今日はどこかのクルーに突撃してみようと思います。」
瀧野は意気込んでいた。天然で抜けているが、少なくとも去年の俺よりも即行動に移せている点で優れているかもしれない。
案外俺を置いて、サークルの中でもどんどん存在感を増してしまうかもしれないな、と少し寂しい気持ちにもなった。

選手に直接インタビューしてみたいと思って、俺は1年丸々経過してしまった。

「僕がインタビューして、墨田さんが記事する。完璧な作戦ですよね」
瀧野は勝手にうんうん頷いていた。
「おいおい、そんなこといつ決まったんだよ」
俺は慌てて瀧野を問い詰める。
「いやー、いつって言うか、もう消去法でそれしかないと言うか」
瀧野は笑っている

「僕は人に話聞くのは好きですけど、墨田さんみたいに記事は書けませんから。お願いしますよー、選手の話聞いて、"ああ、そうですか。面白い話ありがとうございました"って訳にはいかないでしょう。仮にもこんなのぶら下げてるんですから」
瀧野の胸には、"報道"と書かれた入場許可証がぶら下がっている。もちろん俺も同じものを身につけていた。

「話聞いたら記事にしないと示しがつかないですよ。僕が携帯で録音して後で送りますから。ね、いいでしょう先輩」
瀧野は顔の前で両手を合わせている。
「いやー、ちょっと待って考えさせてくれ」
「ダメです。というかもう決まってます」
"へ?"と俺は間抜けな声を出した。

「昨日、阪和大学のボート部のTwitterにDMしたら、"ぜひお願いします"と主将の桂さんから返事を頂いてます。今日A決勝決めたら、"関西の国立大学が、戸田勢に挑む"ってタイトルで取材させてくれるそうです。墨田さん、今日中に書けますよね?」
そう言って携帯の画面を見せてきた。サークルで共有で使用してるTwitterで連絡を取ったらしい。
よく見るとちゃっかり俺と瀧野の連名になっている。そういうところは抜け目がないのも、瀧野の特徴かもしれない。
先方にそこまで言ってしまっているのなら、引っ込みはつかないだろう。そして瀧野に取材から記事まで任せなんかしたら、どえらいことになるのも事実だ。

人質を取るようなやり方だ。しかしこうなったらもう逃げられないのも事実だった。

「分かったよ、今日阪和がA決勝決めたらだからな。相手は蒼星と帝東だからそんなに簡単じゃないぞ」
瀧野は"やったー"と浮かれていて、俺の話を後半部分は全然聞いていない。

全く困った奴だと瀧野を恨もうとしたが、それは自分の気持ちを隠すフェイクだということも自分で分かっていた。

俺は戸惑いながらも、阪和大学に勝って欲しいなという気持ちがだんだんと大きくなっていくのを感じていた。

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