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Drive!! #112 ボート X 小説

墨田はブログの投稿ボタンをクリックして、MacBookを閉じた。
ホテルの中はシンとしている。先ほどまで記事を書きながら、頭の中でレース会場を思い浮かべいただけにそのギャップは激しかった。

自分の投稿した記事を見返す。

"数字の羅列だ"

率直な感想が胸に去来する。

俺の書いている記事に嘘はない。もちろん自分の通っている大学の洛修舘を応援する気持ちはあるが、なるべく多くの人に読んでもらえるよう客観的な記事を心がけている。

最近ではそれなりに読者も獲得していると思う。

でも、選手は何を考えて漕いでいるのだろう。

自分の記事を何度読み返しても、それは不明だった。

こうやってボートの記事を書いているのに、直接インタビューしたことはなかったし、ボートに乗ったこともなかった。

***
この大学スポーツを追うサークルに入ったのは、将来メディア関係の仕事に着きたいからだった。就活で話す種として経験を積んでおけば色々と有利になると思い所属を決めたのだった。

ボートを初めて見たのは、昨年の夏に先輩に連れられてこの戸田を訪れた時だった。
初めて見る競技は他の野球やラグビーの会場に比べると、正直閑散としていた。

でもなぜか戸田を訪れてボートを見た時に、"これを追いたい"
と思ったのを覚えている。

突然芽生えたその気持ちは一体なんだったのだろうか。

選手たちが黙々と漕ぐ姿に何かを感じたのだろうか。

多分俺の熱量の種は "疑問"だ。

野球に打ち込む大学生に聞けば、そのほとんどがプロ野球選手を志していることが容易に想像がつく。
でもボートに熱狂している学生たちの胸に、将来ボート選手として生計を立てようと考えている選手は少ないように思う。

そういう選手たちが、何を考え、どうやって厳しい練習に耐えているのか。
その疑問が自分をこの競技に密着したいと思わせたに違いない。

だとしたら、と俺は思った。

プロフィールや試合結果の数字の積み重ねで良いのだろうか。
今はただ与えられた紙面を埋めることに終始している。

先輩や誰からも責められることはないが、心にはうっすらと後ろめたさのようなものが積もっている。

少なくとも今のままでは、自分がボートに引きつけられている真髄のようなものに触れられないと感じていた。

このままでは、いけない。
日々選手は闘っているのに。
その日々闘っている選手のことを、偉そうにキーボードひとつで論じている俺は、一体なんだ。

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