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Drive!! #104 ボート X 小説

大会2日目にレースをするのは初めてだった。
帝東大学の清崎は船台にオールを運びながらそのことに気がついた。

大会の2日目は初日に準決勝進出を決められなかったクルーで敗者復活戦を行う日程だった。清崎はこれまでその舞台に立ったことがなかった。予選から通して全てのレースで1着で、インカレでは優勝しか知らなかった。だから2日目にレースをするのは今日が初めてだった。

レース会場で聞こえるのは、声だった。
特に舵手付き艇はゴール付近でスパートをかけてからは特に大きな声で選手を焚きつけて、それを聞いた観衆もつられるように大声で選手を応援した。
マイクの割れた音声と、悲鳴のような歓声が響き渡っている。

その声を聞きながら清崎の胸中は穏やかではなかった。
***
"呑気に応援してる奴らにイライラしている"

俺の中にドロドロした感情が沸いている。なんだこれは。

この自分の気持ちが筋違いなのは理解している。
でもギリギリに立たされた人間ってこんなもんじゃないのか?という言い訳じみたちもあった。

自分が人間的に成長したような気がしていた。でもどうだろうか、これまで「勝ち」というものが、自分の臆病さや、汚さや、弱さを隠していてくれた気がする。

いや、そういう思考がすでに俺の都合の良い言い訳だと思う。
別に常勝と呼ばれるような人が全て自分のような過ちを犯し反省している訳ではないだろうし。

他の人がボートや、漕いでいない時間の人生でごく自然に身につけている何かが自分には欠落している気がした。

甲高い女性の声が響いて、それが気に触る。

まただ。
誰かが頑張っていて、それを誰かが必死に応援している。
ただそれだけのことだ。

でも自分が追い込まれていると、無邪気に喜んだりしている人を見て、喜ばしいと思うどころか、イライラとしていた。

とことん自分が気持ち悪い。

船台にはすでに他の6本のオールが運ばれていて、俺が担いでいる2本が最後だ。艇庫からここまで歩く間に他のクルーとすれ違ったが、目をわざと伏せている。いつもそうしてきた。さっき誰とすれ違ったのか、俺は誰と漕いでいるのか。

艇庫を見上げると俺以外の8人のメンバーがすでに円になっていた。

その円がすでに綺麗に整っているように思えた。

俺がいるからかな。このクルーが弱さを露呈したのは。
俺が近づくと、今の綺麗な円が乱れてしまうのかな。

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