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Drive!! #63 ボート X 小説

「勝つことと、負けないことって一緒じゃんて思うかもだけど、俺の中ではちょっと違うんだよね」
淡々と語る雄大。それに対して、気まずかったり、気を使ったりとかが自分の中で薄らいでいる気がする。なんだ、ボートについて話せば良かったんだ。
俺は何かを新しく発見したような、それでいて以前から知っている当たり前のことを思い出したような変な気分になる。

「負けたときってもっとできたんじゃないかって隙があるとさ、自分のこと嫌いになって、もっと辛いことしなきゃってなるんだよね。でもそうするとだんだん楽しめなくなって無理が生じてさ。あの悪循環はまじでしんどいよ。自分ってダメだなーと思ってさ。」

「でも同じ負けでも、胸張れるくらい頑張って負けた時ってちょっと違ってて、"俺のやり方が悪かっただけ"って思えるんだよね。負けてもちょっと清々しくてさ前向きな気持ちになるまでも早いんだよね」

どばーと話した雄大は、何かを思い出したようにピタッと話を止めた。
「ごめんな、ややこしいよな」
「いや、大丈夫。ぜんぜんそんなことない」
スポーツが人を成長させるって、案外雄大が話すようなことがきっかけだったりするのかな。すごいなー。

感心してないで、俺ももっと頑張らなきゃだけどさ。

「でもさ、橋本がさっき、負けるために日々がある気がするって言ったけど、やっぱ俺はそうは思わないかも」

「"思いたくない"って方が正確だけど。今まで散々負けてきてさ、インカレでも優勝したことない俺が言うのもあれだけどさ、、」

「最後には勝つんだよ、俺が。絶対に。勝つために日々がある。俺はそう思って漕いでいたい」

「最後に勝つためにやるからしんどい練習だって耐えられるんだよ。負けるかもなんて考えたら、一気に投げ出したくなるよ。勝とうとするとその分自分に厳しいことも課さなきゃいけないけどさ。それに負けるかもってレースして、やっぱり負けた、だと何にも生まれないよ。"絶対勝つ"って信じて負けてみるとさ、それはそれで、なんか変われるきっかけな気がして、悪くもんだよ。」

鬼気迫るこいつの漕ぎは、単純に負けへの恐れだけじゃない。
"勝つ覚悟"ってやつ? そういうのが本当の源泉なのかもしれない。


「でも明後日からのインカレはさ、勝つって信じてみようぜ。今年の俺たちってけっこう速いよ。まあボートって球技と違って、戦術とか相性とか必殺技とかないからさ、試合に出るまでの準備で決まるから、本番足掻いたって仕方ないんだけどさ」

大袈裟に言うと、この時俺は、"スポーツには俺が知らない世界がある" って思った。

「雄大、事前の準備が大切ってやつさ、それって明日の練習にも当てはまるかな」

それを聞いて雄大は、笑っている。
「ああ、そうだな。お前、いいこと言うな。」

スポーツをしていると、今までできなかったことや、考えつかなかった場所へ一気に進める日がある。それはメンタルにも言えることだと思う。

そして今夜は俺にとって、偶然にもその中の一日になった。

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