Drive!! #122 ボート X 小説
なぜ兄は笑っているのか。
桂雄大はそのことに疑問と苛立ちを抱いていた。
あの時もそうだった。
2年前初めて出たインカレで、剛田友永ペアに負けた時も兄は「胸を張ろう」と笑っていた。
***
兄の翔太はなぜ笑えるんだ。負けたんだぞ。悔しくないのか。
いつだって負けた時そうやって笑っている。
「よしっ、切り替えて行こうか」
川田さんまでそれに影響されたかのように明るく声を出して、
いくら川田さんのコールとはいえ、頭がついていかなかった。
俺だけ漕がずに艇は進んでいった。
俺は流石に態度悪いかなと思ったけど、川田さんは特にそれを咎めなかった。
兄は社会人クルーとして漕ぎ続けることが決まっている。だから別に自分はここで終わるわけではないと思って笑っていられるのだろうか。
まだ通過点だから?
この夏は兄にとってただの一部なのだろうか。
俺はこの試合は大一番だと思っていたんだけどな。
兄はそうではないのだろうか。
2年前のインカレで負けた時だってヘラヘラしていた。
目を逸らしている気がして、そこから俺たち兄弟はあまり口を聞かなくなったし、兄をちょっと嫌いになった。
そしてそれまで兄を全面的に信頼していた自分をも馬鹿馬鹿しくなった。
いつも自分と同じ気持ちで一心同体だと思っていたが、俺が悔しくて震えている時兄は笑っていた。
どこかで俺たち兄弟は剥離して、バラバラになったのだと思う。
それはもう一生戻らないかもしれない。
負けてなお明るくしている兄の声を聞いて、俺は予感した。
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