「昨日はごめんね、よい一日を」
朝の8時、
市庁舎の鐘が鳴った。
いつも通りの朝。
鐘の音は、カラン 、カランと、明るく乾いていて、石造りの建物に反響しながら、上へ、空へと抜けていく。
その時間になると、目抜き通りにある大きなモニターが、国営放送のニュースを流し始める。
今日も、いつも通りに始まった。
物価高の話しみたいだ。
とうとう、公共交通機関の運賃値上げに踏み切るとか、どうとか言っている。
私は、少し冷たい空気を、スンッと吸い込んで、空を見上げた。
外気って、すごいな。
気分がいいや。
ちょっと前まで、うちの中で、自分が吐き出したイヤな空気を、繰り返し、吸い続けていたんじゃないかとさえ思った。
夕べ、家族と小さなケンカをした。
お互いの言葉のチョイスの違いからくるもの。
もう本当にお馴染みのことなんだけど、引っかかるときと、そうじゃないときがあって、
昨日は、引っかかった日で、腹が立って、文句を言って寝てしまった。
私は、一晩眠ると、だいたい忘れている。
ケンカした事実は覚えているけど、あまり気持ちを引きづらない。
でも、今朝は、家の空気が昨日のままだった。
支度をしながら、また気分が重くなってきて、いろんな考えであたまが忙しくなった。
そう言えば、とふと思い出した。
何年前だろうか、ある人が、私の顔を見て
「いやなら離れるしかない」
と、アドバイスをくれたことがあった。
何にも自分のことを語ってないのに、
人生の達人みたいな人はいるもんだと思った。
そのころ、ちょうど身近なある人について悩んでいたときだったから、少しびっくりした。
たしかに、気に入らない人と同じ場所にいないことや、「同じ」空気を吸わないことは、一瞬であっても効果があるかもしれない。
たかが空気、されど空気
どうしても答えがでないような悩みをかかえ、
次の日も、また次の日も、同じ場所にいて考え続けているなら、
ちょっと外に出てみたらどうかな。
まずは、新しい空気を胸一杯に吸い込んでみる。
それでまた、考えたかったら、
考えてみるのがいいかも。
私は新しい空気を身体中に満たし、すっかり気が軽くなって
「昨日はごめんね。いい一日を。」
と、ささっとメッセージを書いて送った。
それはまるで自分宛てだったかのように、
わたしの心に届いた。
5月7日 午後、小雨のち晴れ