岩崎正寛「柔術物語」

CARPE DIEM BJJ所属。神戸出身。柔術に出逢った中学生の私が、単身でブラジルに渡り日本人最年少保持者となり、国内三連覇を果たし、ダークホースとして世界王者を倒すまでの柔術物語。

岩崎正寛「柔術物語」

CARPE DIEM BJJ所属。神戸出身。柔術に出逢った中学生の私が、単身でブラジルに渡り日本人最年少保持者となり、国内三連覇を果たし、ダークホースとして世界王者を倒すまでの柔術物語。

最近の記事

60話-男が決断をする時

ヨーロピアンが終わって、大体2ヶ月弱ぐらいでパンアメリカンがある。 私はまたすぐに減量の準備に取り掛かった。 試合で終わって72kgぐらいになった身体をまた絞り始めた。 2月になって後1ヶ月のところで、70kgぐらいで体重が止まった。 ちょっとしたらまた落ちるだろうとそのまま続行した。 そのまま3月頭になったが、体重が全然変わっていなかった。 私は流石に焦り始めた。 毎日1000キロカロリーぐらいしか取ってないのに、体重が落ちない。 花粉症も相まって体調は最悪

    • 59話-減量苦との戦い

      ヨーロピアン選手権に出場しようとした時、フェザー級で初めて減量苦にぶち当たった。 今まであっさり落ちていた体重が中々落ちない。 フェザー級は68キロまで落とさなければいけないが、食事制限してサウナに入っても走っても69キロから下にいかない。 日本での試合ならまだギリギリの減量はしやすかった。 行きつけのサウナに行ったりや食べ物のルーティーンなどを調整しやすいからである。 海外で試合するにはむくみとの戦いもあった。 飛行機に乗ると減量中は血がドロドロの状態なのでむく

      • 58話-プロリーグ「NY PRO」に初出場

        アジア選手権が終わって、私はニューヨークに向かった。 強さんとアジア選手権で得たポイントで、IBJJFのBJJ PROリーグに出ることが出来た。 私達はニューヨークに初めてに行き、あまりの街のデカさと喧騒に、洋画で見る街の風景の迫力を感じた。 黄色いタクシーは絶え間なくクラクションを鳴らし、人が行き交う間にスペースは無く、斜めの道は殆ど無く全て東西南北に区切られた道のみで、真っ直ぐ見れば道がどこまででも続いてそうな開けた街の風景に圧倒された。 私達はそれでも遊びに来た

        • 57話-アジア選手権

          全日本の後にすぐアジア選手権が待ち構えていた。 アジア選手権には世界からの強豪が来ることもあって、世界選手権への登竜門のような存在の大会であった。 私はアジア選手権に向けて気合を入れるため坊主にした。 坊主にすれば気合が入ると思ったわけではない。 ただ単純に、全日本王者に初めてなって浮かれている自分がいることに気がついた。 心のどこかで、カッコつけようとしている自分を、客観的に感じてダメだなと思った。 私は次の日、チームメイトの岡崎に髪をバリカンで刈り取ってもらっ

          56話-全日本王者として

          決勝の相手は大塚さん 大輔さんの後輩なので私の事は全てバレていると思った。 最近、黒帯になったばかりだったが戦略的な戦い方が出来る実力者だと私も知っていた。 安堵の後に私が全日本王者だと思いグッと熱くなった。 こうして私はフェザー級で全日本王者と言う称号を手に入れた。 やはり男として日本一とは嬉しいものだ。 滅多に連絡はしないが母に連絡すると「ふーん。すごいやん」と分かっているのかいないのかそんな感じだった。 何故かは分からないが一つ階段を登ったような気がした。

          56話-全日本王者として

          55話-全日本選手権

          初の全日本選手権が始まった。 国内の黒帯でトップと思われる選手が揃っていた。 私は黒帯フェザー級で出場した。 最初の相手は中塚さん。 アンクルロックを得意とする選手で、やるのは初めてだった。 終わったら中塚さんが話しかけて来た。 そして僕が優勝したら、柔術家がやっているつけ麺屋さん千兵衛を奢ってくれると言う話になった。 準決勝で塚田さんと当たった。 3度目の対決になった。 試合前から「真っ向勝負しようよ」と塚田さんが言ってきた。 私は良いっすよ。やりましょ

          55話-全日本選手権

          54話-全日本への道のり

          全日本選手権に出ようと思った。 変な話なのだが、今まで国内の連盟の大会にほとんど参加したことがなく、いつもDUMAUや他の試合に出ていた。 しかし名古屋インターナショナルに出た事により、オフィシャルの大会に出ないとと言う意識が芽生えた。 石川さんも「日本王者って名乗れるのは便利だぞ」と仰っていたので、その年のJBJJFの全日本選手権に出ようと思った。 しかし問題があった。 実は膝が完治しておらず、そんなにスパーリングが出来なかった。 膝を内にいれさとすぐ膝が横に動

          54話-全日本への道のり

          53話-青木さんとの練習

          私はこの時期、少しの間だが格闘家の青木真也さんと練習していたことがあった。 青木さんから誘ってもらい、マンツーマンでグラップリングスパーをやった。 内容は5分×5ラウンド。 私はマンツーマンスパーはこのぐらいの内容が最高だと思う。 だれないし、集中して、パッとやりパッと終われるからだ。 青木さんからグラップリングの技術をそのあと習ったり、それは良い時間だった。 もちろん強くて、どこからでもサブミッションを取って来て、よくタップさせられた。 青木さんは、自分がやり

          53話-青木さんとの練習

          52話-中村大輔という漢

          この頃、私は練習環境を作っていた。 その中ですごく助けになったのは、中村大輔さんが一緒に練習してくれた事だ。 東京に来てすぐに大輔さんが「良かったら練習しないか?」と誘ってくれた。 毎週月曜日わざわざカルペディエム青山まで来てくれて、マンツーマンで練習した。 よくやっていたのは、スパーリング5分×5。 時間的には30分で終わる。 しかし、何とも濃い30分だったと思う。 私は最初、ほとんどスイープも出来ず潰されていた。 受ける能力がとても強かった。 鋼の様な足

          52話-中村大輔という漢

          51話-敵は一人ではない

          私の三度目のヨーロピアン選手権は予想外の結果になった。 1回戦はカイオテハの所の選手に5-0で完勝。 2回戦に強敵が立ちはだかった。 前年の茶帯の世界王者、天才と言われたマーシオ・アンドレが相手だった。 黒帯デビュー戦だったにも関わらずシード枠に入っていて今大会優勝の呼び声が高かった。 私は絶対に喰ってやると言う気持ちになっていた。 誰もが私の事をただの咬ませ犬と思っていた。 試合が始まった。私はすぐに引き込んだ。そしてハーフガードを作るとマーシオは低い体勢を作

          51話-敵は一人ではない

          50話-七帝柔道体験記 後編

          そして話は戻るが世界大会が終わった後、アマゾンさんから連絡が来た。 名古屋で今名大戦と言うものをやっていて、15対15の柔術家対七帝柔道と言う組み合わせの七帝柔道ルールだった。 私は何かと高専柔道とは縁があったのでこれも何かの縁だと思いその団体戦のメンバーを引き受けた。 場所は名古屋大学柔道場。 柔術チームには、 アマゾンさん シュレックさん タクミさん 世羅さん 大輔さん マサキさん 細川さん 宮地さん 岡本さん 小澤さん 伊東さん 神田さん 新美さん 生田さん と

          50話-七帝柔道体験記 後編

          49話-七帝柔道体験記 中編

          私の二度目の七帝柔道との遭遇は仙台にいた頃。 東北大学があり、草柔会に何人か東北大学柔道部の方がいた。 その中でも印象に残ったのは高橋実さんだった。 高橋さんは当時茶帯だったが、東北大学が七帝戦を優勝した時に超弩級と言われる選手で、抜き役でも実力が特出した人につけられる呼び名を持つ選手だった。 私は運良くこの東北大学の超弩級に二人出会っている。 もう一人は伊東透さん。 この二人は東北大学でも歴代屈指の強豪と言われていた。 二人とも違う得意技があった。 高橋さん

          49話-七帝柔道体験記 中編

          48話-七帝柔道体験記 前編

          私が七帝柔道と出会ったのは、神戸の柔専館にいた時、末永さんと言う阪大に通っていた方がいた。 背が高く細い体の割に体幹がしっかりしていて、フックやバタフライのガードが上手く、襟や帯をガッチリ掴むスタイルは柔術のガードスタイルとは違い好戦的で早い展開の寝技スタイルだった。 その中でも特出した不思議な技が十字絞めだった。 末永さんの十字絞めはマウントを取られていても下から極まる。 クローズの中から仕掛けても、極まると言う我々柔術家の理屈からすると謎でしかなかった。 細い体

          48話-七帝柔道体験記 前編

          47話-世界に続く道

          6月頭にいつも世界大会はある。 ポルトガル語で「ムンジアル」と呼ばれる世界大会は、柔術家の世界最強を決める年に一回のイベントとされ、そこに向かって一年準備していると言っても過言ではない。 そのムンジアルの二度目の挑戦があった。 この頃の世界大会と今の世界大会は少し制度が違い、今は優勝ポイントが80ポイントを持っていないと世界大会には出れない。 このポイントとは各地で開催されるインターナショナル大会を優勝したり、三代大会を優勝したりするとポイントがもらえるのだが、昔はこ

          47話-世界に続く道

          46話-激闘再び

          コパバルボーザのトーナメントにエントリーし、ブラケットを確認すると、一回戦から私とアマゾンの試合が組まれた。 しかし、逆に私はチャンスだと思った。 どこかで消費した状態では、絶対勝てないと思っていたからだ。 しかし、前回の18秒の試合が何度も頭を廻り、私は試合が決まってからずっと恐怖だった。 前日たまたま青山に試合用の道着を取りに行った。 その時、石川代表が作業していたので、ふと私は尋ねてみた。 「俺は明日勝てますかね?」 「勝てるよ。お前の方が強い。」 たっ

          45話-世界王者マイケル・ランギ

          私は二度目のヨーロピアン選手権に向かっていた。 今回はライト級に上げて挑戦する事にした。 当時の私はライト級だと減量は無しで、上の階級でどれだけ出来るか試して見たかった。 しかし、現実は甘くなかった。 一回戦マイケル・ランギ、ライト級では有名な世界王者だった。 現実は厳しかった。 一回スイープで返すもののものすごい速い三角は飛んでくるさらに、スパイダーガードのグリップが強過ぎて足で踏んでもなかなか切れない結局崩され十字固めで一本負け ライト級の奴らのフィジカルは

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