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【感想】カンテレ月10ドラマ『エルピス -希望、あるいは災い-』第1話

長澤まさみの4年半ぶり主演ドラマが10月クールに始まるという情報が週刊誌に載ったのは5月のこと。
曖昧な噂話を載せただけで中身の薄いPV稼ぎ狙い飛ばし記事だったが、1ヶ所だけ気になる文章が。

『大豆田とわ子と三人の元夫』(’21年、カンテレ・フジテレビ系)と『カルテット』(’17年、TBS系)で松たか子さん(44)とタッグを組んだプロデューサーが新ドラマを担当するそうです。
https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/2097340/

ドラマ好きなら知らぬ人はいない佐野亜裕美プロデューサーである。
佐野Pも自身のツイッターで不快感を漂わせながら一応反応。

松たか子と仕事をする前から動いていた企画ですよと。
放送前の取材でも「苦節6年」というのはよく語られているエピソード。

まぁ週刊誌の仕事ってのはそんなもんか。

そして7月に正式発表。

渡辺あや!大根仁!大友良英!
すっぱ抜き記事は何も掴んでなかったことが明らかに。

やはり最注目要素は渡辺あやが初の民放連ドラ脚本を手がけるということだろう。
そもそも寡作の人だが、過去作は映画もしくはNHKのドラマ。
何でも「渡辺あやの書いたオリジナル脚本は9割以上企画が通らない」

民放でも企画途中まで進めたことは何回かあるのですが、なぜかうまくいかなくなるんですよ。以前来ていただいた方のケースでいうと、数字(視聴率)が取れなくてもいいから私とやりたいと言って来てくださったのですが、途中で怖くなってしまったようです。やはり視聴率という縛りが強かったのでしょうね。基本的にテレビはリアルタイム視聴率至上主義ですから。それに対して私がちゃぶ台をひっくり返したみたいなことはありました。
https://crea.bunshun.jp/articles/-/38739?page=2

別のインタビューではこうも語っている。

決して「NHKとしか仕事しない」と決めているわけではないんですよ(笑)。これまで私に会いに来てくださって、企画を最後まで実現できたのがたまたまNHKの方が多かっただけのことで。もちろん民放の方からもたくさんお話はいただいてきたんですが、なぜかことごとくポシャってしまうんです。これは想像ですが、ついついこだわってしまう私の性格が、おそらく民放の方針とうまくいかないんでしょうね。
https://gendai.media/articles/-/101286?page=1&imp=0

渡辺あやがこういうインタビュー取材に応じること自体も貴重な気が。

多くの人にとって記憶に新しいのは前々作(これと今作の間に脚本を手がけた自主映画『逆光』が公開)の『今ここにある危機とぼくの好感度について』

実に鋭利な社会批評ブラックコメディだった。
この「コメディ」というのが重要。
アダム・マッケイが体現しているように、エンタメとして世に出している以上まず大前提として面白くなければ。

今作も同様に社会派で、テーマは冤罪事件とメディア。

実は佐野さんがTBSで最初に企画を出したときは、案の定、却下されたんですよ。こんなにハレーションを起こす、つまり波風を立てるリスクの高い脚本はできない、と。
(中略)
そこで、8話くらいまでの脚本(当時)を先に書き上げて、佐野さんがいろんなところに掛け合ってくれたんです。ただ、それもことごとく断られてしまって。
https://gendai.media/articles/-/101286?page=3

メディアを題材にした社会批評性の強い作品といえば『フェイクニュース』というドラマがこれまたNHKで2018年に放送された。

脚本を手がけたのは野木亜紀子。
放送当時以下のようにツイートしている。

やはりこちらも民放では企画が通らなかったようだ。

いざ、出来上がった第1話を観たら「確かに」と思わずにはいられないエグい仕上がり。

誰も自分たちが報道した事の責任なんて振り返りたくないんだよ。だから報道ってみんな必要以上に「忙しい、忙しい」って時間無いふりして」

クライマックスでもない前半でこの台詞。
テレビ局には報道部門もあるわけで、そりゃ他部署・会社としていい気はしないだろう。

飲み込む・吐き出すのモチーフも印象的。
食べ物も喉を通らず吐いてしまうのに混じり気のない純粋な水だけは飲めるというのも示唆的。

しかし、本作は社会派でありながらシリアス一辺倒ではないコメディ。
この題材でユーモアに満ちているのが渡辺あや脚本の凄さである。
『今ここにある危機とぼくの好感度について』でも松坂桃李が中身ペラペラの元・男性アナウンサーを演じて笑わせてくれたが、今作でそれを担うのは眞栄田郷敦。
最高裁の判決を覆しての冤罪立証という難題に挑むべく浅川恵那(長澤まさみ)に協力を求めるが、その理由はシンプル自己保身w
序盤、全力で頼む姿が笑いを誘う。
目力www
斎藤(鈴木亮平)と浅川を会わせて“しまった”直後にとりあえずサラダ食うシーンも最高だったw
あとは「やっぱり…血なんですかねぇ」の言い方www

ちなみにこのキャスティングは大根仁監督からの提案だったそう。

眞栄田さんは演出家の大根仁さんがおもしろい俳優がいると、眞栄田さんが出演しているバラエティー番組を見せてくれて、そうしたら私のイメージにぴったりで。目ヂカラが強くて身体も強そうで、抜群のエリートだけれど、佇まいが真剣なのかふざけているのか優秀なのかボンクラなのか(笑)わからなく見える、独特の魅力があると思いました。
https://cinema.ne.jp/article/detail/50424?page=1

しかしそんな彼にも何やら秘密が…?
次回以降も楽しみ。

さて、そんなわけで本作の演出を務めるのは大根仁。
自身の好きなものを選んで繋いでいくDJ的な作家性を持った人である。

ただ、作品に反映された大根監督の嗜好がハマらないと全然面白いと感じられないというリスクもある。
例えば奥田民生の楽曲や90年代J-POPを矢継ぎ早にかけまくった『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』や『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は人によってはダサいと感じるだろう。

そしてもう一つ、実は(?)仕事にアツい人だと思う。
作中にも雑誌編集部を筆頭に仕事の描写が多く出てくる。

TBSの古谷有美アナウンサーとのトークイベントでも(アーカイブの残っていない有料イベントなので詳細は書かないが)日々の仕事に打ち込むことについて話されていた。
インタビュー記事や雑誌の連載を読むとセクハラボケとかモテたい発言とかも目立つが、きっとあれは照れ隠しなのだろうw

とはいえあれが過剰になると途端にホモソーシャルもしくはトキシック・マスキュリニティな内容になるリスクも否めない。
今回はそれが村井チーフプロデューサー(岡部たかし)に投影されて上手く作用していたと思う。
ただ、あの人も終盤の冤罪特集を蹴った際の台詞は番組を守る組織人だから出てきた言葉なわけで、単なる時代錯誤セクハラおじさんではなさそう。
『SCOOP!』を思い出した。

ああいうの含めてテレビ局・テレビ業界の描写はさすがの一言。
個人的に思わず関心してしまったのは中盤に村井がカラオケで歌う『ガラガラヘビがやってくる』
第一階層としては「時代感覚があの頃で止まってしまっている古いテレビマン」を表現しており、第二階層では秋元康・とんねるずと大根仁の関係性を参照するメタ構造の面白さ、そして個人的に注文したいのは第三階層としての歌詞。

「なんでもペロリ」「気づかないその内に」「蛇の道は蛇」「いつのまにかニョロニョロとあなたのそばよ」である。
飲み込むモチーフはじめ本作を表現している歌詞のように聴こえてならない。
見事な選曲。

第1話はカメラワークも面白かった。
浅川の心情を表現するようにグラグラの手持ちカメラで撮られた2つのシーン。

  • 浅川と斎藤が再会したランチのシーン

  • 村井が冤罪特集の企画を蹴って一縷の望みが崩れていくシーン

それと対比するかのようにランチのシーンで斎藤と岸本が喋るシーンはカメラがスムーズに彼らの周囲をぐるぐる回る。
もちろんここでは手ブレは無い。
斎藤は権力側でゆったり構えている(悪役なのかは現時点では未確定だけど)

他にも長澤まさみの演技とか大友良英が手がける劇伴とかSTUTSプロデュースの主題歌とか語りしろは膨大。

とにかく座組みが強すぎる!

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