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ASD(自閉スペクトラム症)の療育機関の認証を進めようとしている米国のCASPの試み

なんでも諸外国の真似をすればよいわけじゃないし、私は元来心理屋で、制度の専門家でも、それに精通しているわけではないのですが、諸外国の研究論文を読んでいると、その論文の背景としての「制度」を理解する必要がでてくるので時々調べたことを公開メモとして残しておきたいと思います。間違いがあったらご指摘いただきたいと思います。

自閉症サービスプロバイダー評議会 Council of Autism Service Providers

以下、HPからの情報をもとに井上が要約したものです。詳しくは直接HPをご覧ください。

2009年に10のプロバイダーエージェンシーのリーダーが集まって前身となるCASが設立された。グループの目標は、志を同じくするエージェンシーのリーダー同士が出会い、アイデアを共有し、問題を解決するためのフォーラムを提供すること。エビデンスに基づく治療アプローチの使用を示す他の機関に徐々に拡大され、2015年に自閉症サービスプロバイダー評議会CASPとして設立された。ASDのサービスプロバイダーに対する国民からのニーズに応えようとする場合、サービスの消費者である保護者や本人とプロバイダーの間にずれが生じる可能性もある。CASPはエビデンスに基づく治療について、サービスの質と基準を確立し、共有する活動を行っている。

 プロバイダーという組織が会員になる組織は、日本にもありますが(例えば全日本自閉症支援者協会 など)、大きく異なるのは、ASDに対するエビデンスに基づくベストプラクティスとして特定の介入(ABA応用行動分析)を明確に示している点です。CASPの「組織ガイドライン」には、エビデンスとともに倫理や運営も含めて示されています。

 日本の場合は、各構成団体の療育の考え方の違いに配慮しているので、ここまでストイックにエビデンスを求め、特定の介入方法に限定しているところは少ないと思います。CASPはこのガイドラインをもとにプロバイダーの「認定」を始める予定、としています。

 この背景としては米国CDCの調査でASDの有病率の上昇が報告され、米国の50州すべてでABA介入がASDに医学的に必要であると認める健康保険に関する法案が可決され、施行されたことでABAの需要が高まったことがあると思います(当然大きな予算が動く)。

 結果、様々なレベルのABAプロバイダーの乱立を招きます。セラピストに専門資格を認定する団体として「行動分析士認定委員会(BACB)」が設立された経緯も同様かとおもいますが、重要なのが「サービスの質」の担保になります。研究レベルで行った結果をプログラム通りに地域で行うには様々な困難が伴うからです。
 
 特に高密度で実施されるホームベースのABAは、予算的にも家族に対しても大きな負担が強いられるため、「過度な療育効果の追求」がIEPで強調されすぎると、親や本人だけでなくプロバイダーをも追い詰めてしまうといったリスクをはらんでいるといえます。

 技術の低いABAプロバイダーの広がりは言うに及ばず、本人に提供している支援はよくとも、親に対しての心理的な支援を実施していなかったり、子どもの発達的評価や提供される療育に対する説明や見通しを親と共有しなかったりするプロバイダーは、このリスクをより高めてしまうでしょう。 

 またニューロダイバーシティーの社会運動の中でのABAに対する誤解や、ABAに対する批判的論文(注1)の増加、反対ロビー運動によっては、予算削減につながってしまうリスクもあります。

業界としては当然の動きといえるでしょう。

 これは米国のABAの問題なのですが、わが国でも似たような問題があります。それは特定地域でみられる「発達支援事業所」や「放課後児童デイサービス」の乱立です。現実、質の低い事業所でのネグレクトや職員の体罰による虐待も報告されるようになってきました。

 JDDネット日本発達障害ネットワークでは、この問題に対して早くから取り組み、独自の認証事業をすでに開始しているのですが、その普及には未だ苦心しています。(注2)

 CASPのメンバーシップは今のところ「年間2千ドル」であり、組織全体の予算規模も大きいと思います。また国の制度も異なる中で、我が国の団体と単純に比較することはできませんが、経営の専門家を運営メンバーに持つ彼らが(注3)、今後どのように認証事業を実施していこうとしているのか、一つの参考例として注視していきたいと思います。

注1

今に始まったことではないらしいですが、最近ではこういう批判論文があって
Sandoval-Norton, A. H., & Shkedy, G. (2019). How much compliance is too much compliance: Is long-term ABA therapy abuse? Cogent Psychology, 6(1), 1-8.

これに応えたABA研究者からの「批判の批判」論文が出て
Gorycki, K. A., Ruppel, P. R., & Zane, T. (2020). Is long-term ABA therapy abusive: A response to Sandoval-Norton and Shkedy. Cogent Psychology, 7(1), 1823615.

さらなる最初の著者からの「批判の批判の批判」がでていたりします。Sandoval-Norton, A. H., Shkedy, G., & Shkedy, D. (2021). Long-term ABA therapy is abusive: A response to Gorycki, Ruppel, and Zane. Advances in Neurodevelopmental Disorders, 5(2), 126-134.

注2
組織ガイドラインの中に組織の規模の違いなどによる「運用行動の多様性」という配慮事項があり、これはJDDの認証事業でも参考になると思いました。https://casproviders.org/casp-organizational-guidelines-2022/casp-organizational-guidelines-organizational-diversity/

注3
 過去にいくつかの米国の当事者団体や支援者団体を見学させていただいたときに驚いたのは、多くのそういった団体では非営利団体とはいえ、MBAを持った経営の専門家が雇われていることです。立派なパンフレットやHP、プレスリリースにも、単なる啓発以外に、団体への寄付やファンドを得るための経営戦略があるのだと思います。

 我が国の場合、多くの当事者団体や支援者団体で理事長含め理事会メンバーは、他の職業との兼業で、無給ボランティア、事務局の地代や事務員給与の捻出に苦心するという経営的な悩みがあります。これは慈善事業団体としての色彩が強いからでしょうか。様々な価値観がゆるく広くつながる仕組みとしてはよいと思いますが、資金の必要な大きな継続的なミッションの実現は中々大変です。

 かの国では、かなり尖った価値観と、ガバナンスのもと、経営的なマネジメントをがっちりやってるのですね。



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