「天城山からの手紙 48話」
この穴から覗くその先には、秋の宴が待っていた。夏を過ぎ、うっすらと秋の風が吹く中、トップシーズンに向けて訪れたのは、滑沢渓谷。何度来ただろうか?それでも年に何回も来てしまう場所の一つなのだ。丁度この秋から差す光も素晴らしく、新たな発見を求めて彷徨う。名前の通りに滑らかな岩肌は、水に濡れ艶々に輝き、妖美なラインが渓流を作り出す。その濡れた肌に足を置けば、そこはスケートリンクの様に足を奪われてスッテンコロリンとひっくり返ってしまう。気を付けても、ズルっと滑らせ怖い思いをしたのも数えきれない。実際に宙を舞う姿を見た時は、目を覆い、なぜだか薄っすらと痛みが自分にも感じ、キュッと肩が上がった。あれだけ気を付けてって言ったのに・・と言っても、妖美な流れの魅力には勝てないのだろう。気が付けば向かいの山筋から太陽が顔を出し、温かい光で渓谷を包み始めた。その光につられるように顔を上げると、眩しいその先には沢山の葉が揺れている。秋の薫が漂う中、少し萎れたその葉は、役目から解放され、秋の宴を待ち侘びていた。しかし、皆が着飾る宴までそこで待てるのだろうか?大事な衣装を虫に食われ沢山の穴でボロボロになった姿は不安にさせ、一枚・・また一枚と渓流の流れに落ちて行っては、想いは流されていく。そして一筋の光が差した瞬、穴から覗いた先には、想いが幻想となり、宴が広がっていた。そして、この日は、穴の開いた葉たちに、魔法をかけられた一日となったのだった。
掲載写真 題名:「魔法の覗き穴」
撮影地:滑沢渓谷
カメラ:Canon EOS 5D Mark III EF70-200mm f/2.8L IS II USM
撮影データ:焦点距離200mm F2.8 SS 1/3200sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2015年9月23日 AM8:59