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「天城山からの手紙 59話」


やっと天城も冬が訪れ始めた。森にはまだ、秋の残り香が漂うが、枝にはほとんど葉がない。冬の天城は、まるですべてが眠りに落ちたかのように静まりかえり、辺りは殺風景な景色が広がるばかり。歩いても歩いても森の気配を感じることはできず冷たい風が身に染みる。この日、明け方まで雨が降っていた。冷たい雨は、葉を落とした木々の体を黒く染め上げ、意思さえも閉じ込め消しさる様だ。私はカメラを構えることもなく、なんとか息吹の痕跡はないかと、キョロキョロするばかりで、歩が進まない。そのうちに、一つの風が霧を下界から連れてきた。あっという間に辺りは霧で包まれ幻想の世界と変わったのだが、それも束の間、すぐに無情の世界へと戻ってしまった。その代わり、一つの風が霧を連れ去ると、うっすらと天空には青空が広がり、小さく顔を出したお日様が木々を温もりで包み始めた。その途端に、森呼吸(しんこきゅう)する木々たちからの声が響き始め、歓喜という感情が森に溢れだした。目の前には、全身をキラキラのドレスで着飾る者たちが踊り始め、感情の森へと一瞬で生まれ変わったのだ。冷たい雨は、体を締め上げるだけでなく、木々の枝先へと沢山の宝石を残していき、私に夢を見させたのだった。そして、その中で一人の者が、うっすらと差す日差しの中、私に語りかけて来た。「私が主役よ」・・・小さく響いたその声は、私を惹きつけ、その先を見つめると、確かに森で一番輝いていたのだった。


掲載写真 題名:「冷雨のドレス」
撮影地:下り御幸歩道
カメラ:ILCE-7RM3 FE 24-105mm F4 G OSS
撮影データ:焦点距離40mm F9 SS 1/160sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2019年12月10日 AM8:46



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