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ESG金融と非財務情報開示の動向

今後の社会の方向性について考えるとき、SDGsやESGは最も重要なテーマの一つですが、今回はその中でもESG金融と非財務情報開示に焦点を絞って、現在の動向を簡単に整理してみました。ベンチャーキャピタリストとして、また以前は機関投資家やアセットマネージャーとして長くグローバル資本市場に関わってきた立場から、個人的にとても興味のある分野です。

気候変動リスクへの対応

ESG金融や非財務情報開示の動向を具体的に見ていく前に、まずは前提となる気候変動リスクに関する国際的な枠組みや、カーボンニュートラルが注目されるようになった背景について確認しておきたいと思います。

国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、現在のペースで温暖化が進んだ場合、2100年の地球の平均気温は、産業革命前に比べて約4℃上昇すると予測していますが、その場合の2100年のGDPは21%減少するという試算もあり、このまま抜本的な温暖化対策を講じなければ、異常気象に伴う物理的な被害や産業構造の見直しに伴うコスト負担が増え、将来的な経済成長の足かせになると考えられています。

こうした人類共通のリスクに備えるため、2015年に各国政府間で採択されたパリ協定では、世界の平均気温の上昇を、産業革命以前に比べ2℃より十分に低く保ちつつ(2℃目標)、1.5℃に抑える努力をすること(1.5℃目標)を掲げています。その後、2018年に国連IPCCが発表した「1.5℃特別報告書」において、1.5℃目標を達成するためには、2050年頃にカーボンニュートラルを実現する必要があることを示したことを契機に、カーボンニュートラルに関する議論が加速しました。

パリ協定に基づく具体的な達成時期や中間目標は、NDC(自国が決定する貢献)として各国が自国の削減目標を定めることになっています。欧州委員会が2019年12月に発表した「欧州グリーンディール」では、2050年までにGHG(温室効果ガス)の排出を実質ゼロ、2030年までに55%削減を目指しています。日本は、2030年度までに26%削減を目指す中間目標を掲げていましたが、2021年4月の気候変動サミットで菅首相が46%削減という新しい目標を表明しています。

GHG排出削減を促す別の施策には「カーボンプライシング」があり、これには「炭素税」と「排出量取引」があります。炭素税は各国で幅広く導入されており、税率は控えめですが日本でも2012年に「地球温暖化対策のための税」が導入されています。また、企業が環境規制の緩い国にシフトして産業が空洞化する「カーボンリーケージ」を回避するために、輸入品に関税をかける「国境炭素税」の導入も検討されており、EUでは2023年初めまでに導入する方針が決まっています。

ESG金融の潮流

2020年1月、国際決済銀行(BIS)は、新たなグローバル金融危機を「グリーンスワン」と名付けた報告書を公表しました。「起こりえない」と思われていたことが急に生じた場合、「予測できない」、「非常に強い衝撃を与える」という「ブラックスワン理論」をご存知の方は多いと思いますが、次の金融危機は気候変動が引き金になるというのです。

グリーンスワン2

中央銀行や監督当局の間では、気候リスクはシステミックリスクの一つと考えられており、各国の金融当局は、金融・監督政策の中に気候リスクの評価と監督を盛り込むことが求められています。但し、気候リスクが経済活動に及ぼす影響は定量化が難しいため、そうした気候リスクを把握するために、金融安定理事会(FSB)の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が、シナリオ分析とストレステスト等の活用を提言しています。

機関投資家の意思決定プロセスにESG課題を反映させるべきとして、2006年に提唱された世界共通のガイドラインが責任投資原則(PRI)です。2021年8月時点において、世界で4,249社、日本で96社がPRIに署名しています。年金基金では、ノルウェー公的年金基金(GPFG)、カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)、日本でもGPIFなどがESG投資に積極的です。なお、PRIを推進したUNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)は、2018年5月に銀行を対象とする「責任銀行原則(PRB)」を立ち上げています。資産運用(PRI)、保険(PSI)に続いて、銀行(PRB)にも融資責任を求めることになります。

2021年1月、世界最大の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOが、世界の潮流を踏まえて投資先企業の経営者に毎年送るメッセージ(フィンク・レター)の中で、カーボンニュートラルに対応した事業戦略の開示を要請したことが話題となりました。投資家にとって、運用ポートフォリオに与える気候変動リスクを把握することの重要性が増してきています。また、ESG課題に積極的に取り組む企業の財務パフォーマンスが市場平均を上回るという証拠が蓄積されてきたこともあり、投資の分析・判断において、ESG要素を考慮することは既に不可欠な前提となっています

世界のESG投資額は全体の3割にあたる30.7兆ドル(約3,400兆円)とも言われますが、機関投資家はESG情報を活用するうえで、気候変動に関する企業情報開示への期待を高めています。ESG関連の情報開示が不十分であれば、投資家だけではなく、取引先からも除外されるリスクが高まってきています。年々拡大するESGマネーを引き付けるには、企業の非財務情報の拡充が欠かせないものになっているのです。

非財務情報の開示規制

ESG金融で先行する欧州では、2020年6月に「EUタクソノミー規則」が成立し、サステナビリティに貢献する経済活動の分類体系として、ESG金融の適格/不適格を判断する基準となっています。またEUは2021年3月に「サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)」を施行、資産運用会社に対して投資先のESG情報の開示を求めています。さらに、2021年4月には「企業持続可能性報告指令(CSRD)案」を公表、具体的な開示内容は2022年中に決まる予定ですが、今後はEU域外の企業でも一定の条件を満たす場合には、ESG情報の報告義務が発生することになります。

英国では、2021年1月から、ロンドン証券取引所上場の主要企業を対象に、TCFD提言に沿った気候関連情報の開示を義務化しており、2025年までに開示範囲を徐々に拡大する方針を打ち出しています。

日本でも、2018年にコーポレートガバナンス・コード、2020年にはスチュワードシップ・コードがそれぞれ改定されて、ESG関連規定が盛り込まれています。また、2022年4月から、東京証券取引所の「プライム市場」の上場企業に対してTCFD提言に基づく開示を求めており、全上場企業への義務化も検討されています

非財務情報開示のフレームワーク

パリ協定に合わせて、金融安定理事会(FSB)は、気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ氏を委員長として「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」を設立しました。TCFDでは、気候変動に関する財務情報開示を積極的に進めていくという趣旨に賛同する機関等を公表していますが、2021年9月時点では、世界全体では2,511、日本では504の企業・機関が賛同しています。

2017年6月に公表されたTCFDの最終報告書では、気候リスクによる財務的影響を「移行リスク」と「物理リスク」に分けて情報開示する必要性を強調するとともに、シナリオ分析の採用を提唱しており、複数の気候変動シナリオに対する企業の耐性を評価・分析するストレステストを提案しています。

また、TCFD提言を具体化するために、中央銀行及び金融監督当局で構成されるNGFS(気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク)が設立され、2020年6月には気候シナリオのモデルと、それを金融監督業務へ活かすためのガイドを公表しています。NGFSが示した気候リスクのモデル案を踏まえて、各国金融当局は監督業務を通じて金融機関の気候リスク対応をモニタリングし、金融機関は投融資先の気候リスクを精査する体制整備と、企業への対応を強化する必要が求められます。

これまで、非財務情報開示フレームワークについては、民間主導の自主的なフレームワークが乱立していましたが、機関投資家からESG開示の基準統一を求める声が強まる中で、各フレームワークの共通化とTCFD提言との整合化に焦点が絞られています。なお、そのような自主的なフレームワークとしては、GRI(旧グローバル・レポーティング・イニシアティブ)、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)、IIRC(国際統合報告評議会)、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)、SBT(サイエンスベースド・ターゲッツ・イニシアティブ)などが挙げられます。

IFRS財団は、2022年6月までに、非財務情報開示の国際的な統一基準の策定を目指しています。また、2021年10月末から開催予定のCOP26に合わせて、基準策定を担う「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」を立ち上げるとしています。TCFD提言では推奨にとどまっていた自社とサプライチェーンまでを含めたGHG排出量や、炭素価格等の指標の開示も義務化される可能性があります。

ESGスコアの算出と活用

ESGへの賛同が増える一方で、市場参加者や規制当局にとっては、グリーンウォッシング(環境に配慮した取り組みをしているように見せかけて実態が伴っていないこと)が問題となっています。また、外部評価機関によるESGスコアのばらつきや、国ごとに開示ガイドラインが異なるといった課題がある中で、いかに実効性の高い分析モデルを構築するかが重要となっています。

そこで、先進的な投資家は、AI活用を含めた独自モデルの開発に取り組んでいます。不足するESG情報を補完するためのデータは「オルタナティブ・データ」と呼ばれ、衛星画像やSNS等のデータを画像認識や自然言語処理を用いて解析することで、ESGスコアの客観性や透明性の向上が期待できるほか、調査にかかる負担の軽減にも繋がります。

例えば、米S&Pグローバルは、データ分析の米データブリックスと協業し、100カ国語以上のニュースサイトなどからESGに関する記述を抽出して、独自のスコアを作成しています。このようなオルタナティブ・データの収集や解析に対するニーズが大きくなる中で、2020年10月に米金融情報大手ファクトセットが、AIを使ってESG分析を行うESG評価会社の米トゥルーバリュー・ラボを買収するなど、同分野で優れた技術力を持つスタートアップにも注目が集まっています

まとめ

気候変動リスクが潜在的なグローバル金融危機の引き金としても警戒されつつ、金融監督当局や機関投資家が主導する形でESG金融の枠組みが整備されてきました。そのような動きは、資本市場を経由して企業のESGに対する取り組みにも影響を与え始めており、取り組みが不十分と判断された企業は、資金調達コストの上昇等によって選別され、場合によっては市場から淘汰されるような時代が訪れようとしています。

その意味では、これまで財務的な価値のみが評価対象だった資本市場の在り方を変える、ゲームルールの大きな変更タイミングと言えるかもしれません。そして、その新しいルールにおいては、非財務情報開示のフレームワークやオルタナティブ・データの活用は、今後はインフラとしての重要性がより高まると予想されます。今はまさにESG情報が財務情報に転換していく黎明期だと考えていますが、そのような黎明期には、情報開示を求められる企業にとっても、情報を活用する投資側にとっても、また制度設計を行う規制当局にとっても、新たな課題が生じてくるものと思われます。

このようなESG金融や非財務情報開示に関連する領域で、新たな課題に対するソリューションを提供するスタートアップに注目してます。同分野に取り組んでいる起業家の方や、これから起業を考えている方は、ぜひお気軽にご相談ください!

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