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手と手②



ハンドクリームを塗る。ファンの人にプレゼントで貰ったハンドクリーム。最初の頃は握手会の日の前後にしか塗っていなかったけど最近は毎日塗っている。人の匂いはその人のいろんなものの匂いが混ざり合ってできているけれど、私の匂いの根にいるのはこのハンドクリームの匂いに違いない。
ハンドクリームを塗っていると、前の名残なのか自然と握手会のことを思い出したり思い浮かべたりする。今も先々週にあった握手会のことを思い出していた。

先々週の握手会は私たちのグループの活動拠点の町で開催されたこともあっていつも以上にたくさんのファンの人が来てくれているように感じた。
グループに入ったばかりの頃は基本的に何人かの同じファンの人たちが私の握手に並んでくれるという感じだったけど加入から4年が経とうとしていた今では加入当初からは考えられないような列が私のところにもできるようになっていた。

私は握手会が好きだった。小さい頃から話すことが好きだった私にとって握手会はほんとに幸せな時間と空間だった。握手会ではいろんな人生を歩んできた人たちからいろんな話を聞けた。しかも、話しに来てくれるのはみんな多少は私に興味があったり好きでいてくれる人たちだった。
たまに、握手会中に「握手会長時間だけど疲れてない?」と聞いてきてくれるファンの人がいたけど、私からしたら長時間人混みの中立って並んでいるみんなの方が絶対に大変だと思ったし、そんな光景を見ていたらいつも疲れなんてことは忘れていた。


先々週もあの人は来てくれた。配信アプリを使ったオーディションの頃から私を応援してくれている人。私のファンの中ではまだまだ少ない若いファンのあの人。
私にハンドクリームをプレゼントしてくれたあの人。
私がハンドクリームを塗っている時に思い出すのは握手会じゃなくて握手会に来てくれるあの人のことなのかもしれない。ふとそう思った。

アイドルを続けていると自分を熱心に応援してくれている人の顔と名前は自然に覚えてくる。それが人気がなかった頃からのファンの人ならなおさら。彼も私が顔と名前を覚えているファンの1人だった。
彼は熱狂的とまではいかないけれどかなり私のことをアイドルとして推してくれていた。もとからアイドルが好きだったのかオーディションの頃から私のことを応援してくれていた。初めての配信アプリに戸惑っていた私にアドバイスをくれたり、SNSで拡散してくれたりしていた。合格してメンバーになった後も欠かさず配信を見に来てくれていたし、握手会やライブやイベントにも定期的に足を運んでくれていた。

そして、私が知る限り彼は私のことだけを推してくれていた。他にも好きなメンバーがいる中で私のことも好きでいてくれるファンの人たちの存在ももちろん嬉しかったけど、やっぱり自分のことだけを好きでいてくれるファンの人の存在はもっと嬉しかった。
メンバー同士でファンの人の話をしたり、エゴサをしてファンのSNSを見ればその人が私の他にも好きなメンバーがいるのかどうかはだいたい知ることができた。だけど、彼のことを知っているメンバーは他にいなかったしSNSも私が出演したイベントに参加した感想ばかりだった。それは私が加入した1年後に新メンバーたちが入ってからも変わらなかった。私のところに来てくれていたファンの人たちが後輩の握手に並んでいるのを見るのはやっぱりちょっと悲しかった。だけど、後輩の握手列でも彼を見たことはなかった。そんなファンの人は多くなかったからそれはすごく嬉しかった。
でももしかしたら、他のグループに好きなメンバーがいるかもしれないけどそれは考えないようにした。

先々週もいつものように彼は私のところへ来てくれた。少し久しぶりだったからいつもよりも少し多く握手券を買ってくれていた。いつもみたいにいろんなことを話した。4年も定期的に会って話してるとお互いに気をつかうこともなくなり、たわいもないような話をして時間が終わることが多くなった。この日も新曲の話やライブの話だけじゃなくて最近見てるアニメの話をしてくれたり、大学生活が終わってしまうのが嫌だという話をしてくれた。

いつもみたいに楽しい時間を過ごせたけどあの日の彼の表情がいつもとちょっとだけ違っていたのを私は覚えていた。
彼はなにかを隠そうとしていた。
最近入ってきた新メンバーの話になったあの時に。

2週間が経った今でもあの時の表情を覚えているけど、なぜあんな表情だったのかはまだわからない。


ハンドクリームが完全に手に馴染みきった。落ち着くいつもの匂い。明日は私を慕ってくれている新メンバーの後輩の子とランチだ。私の手と同じ匂いの手をもつあの子と。

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