山崎元さんから学べること

年初に経済評論家の山崎元さんが亡くなられた。ご存知ない方に補足すると、日本の投資リテラシーがもっともっと未熟な時代から「ローコストのインデックス型の投資信託を、NISAを使って、長期で積み立てるのが、効率的である(なんなら、一本でいい!)」という、きわめてまっとうな主張をされていた方だ。

そんな山崎元さんのnote、「癌」になって、考えたこと、感じたことシリーズが大変すばらしかった。

再発・ステージⅣという、一般的には非常に厳しい状況のなかで書いたとは思えぬほどの冷静さと、それでいて決して重くならないような筆致は本当にすばらしく、傑作だと思う。すばらしいという言葉はきっと適切ではないと思うのだけど、自分の語彙力の無さが悔しい。

山崎さんは金融・投資関連では珍しく「まっとうなことを言う専門家」だという認識で、若い頃に連載や記事を拝見していただけだが、Twitterで話題になっていた一連のnoteは思わず一気読みしてしまうほどの凄さ、すばらしさで、皆さんにもぜひ読んでいただきたい。

癌になっていたこと、闘病のせいでやつれてはいたもののメディアに戻ってこられていたことを知っていたので、訃報を聞いたときは驚いたが、一連のnoteを読んだいま、本当に惜しい人を亡くしたのだと残念に思う。

私に響いた箇所をご紹介することで、弔意を表したい。読者のみなさんにとっても、きっと得るものがあると思う。

気になる部分をピンポイントで読みたい方は引用元のリンクから、全体を通しで読みたくなった方は文末のリンクから、ぜひ読んでほしい。


意思決定の質の高さは、人生の大きな転機でこそ活かされる

食道癌だとの診断を聞いて、大変厄介なことになったとは思ったのだが、大きな精神的ショックは無かった。癌についてはずっと意識下で心配していて、準備が出来ていたのかもしれない。ショックなど受けても意味がない、と反射的に思った。
 年齢や日頃の生活態度その他から見て、私が食道癌に罹ることは「十分ありそうなことだ」と思っていた。また、職業上、意思決定では「サンクコスト」(既に生じてしまって後から取り返しのつかない損失のこと)を無視して、今後に変えられることに意識を集中するような習慣付けがあったので、「これから、どうするかに集中するしかない」という気持ちになっていた。

「癌」になって、考えたこと、感じたこと(1)Hajime Yamazaki(山崎元)


意思決定サンクコストというキーワードから、山崎さんがいかに日頃から意思決定の質を高めることを意識されていたかが伝わってくる。

比べるのも恐縮だが、私も「意思決定」をテーマにしたnoteを書いているので、上の引用部分以外でも文章の端端はしばしから、ご本人がいかに意思決定の質を高めることを重視され、そのために情報の取り扱いに気をつけていたかがわかる。

そのことが強く伝わってくる部分を、少し長いが引用したい。

癌に罹ったこと、病状がこの段階まで進んでいることについて思い悩むのは無益だ(「サンクコスト」だから)。これから変えられることに気持ちを集中しようと思った。
 この時に、半ば反射的に思ったのは、自分が接する癌に関する情報を適切に制限しなければまずいだろうということだった。
 世の中には、癌に関する情報が溢れかえっている。加えて、人は親切なので今後多くの情報がもたらされる公算が大きい。
 一方、情報はそれを正しく解釈して使えなければ意味が無い。ところが、正しい情報解釈のためには、情報を理解し判断する能力、正否を判断するための材料となる追加情報、理解・判断に費やす時間、決定後に後悔する可能性などの精神的負荷、など、多くのリソースが必要だ。「接する情報を制限しないと、身が持たないよ」と自分の直観が語りかけて来た。
 情報については、多く集める事よりも、余計なものを捨てることがより重要だろうと思えた。

「癌」になって、考えたこと、感じたこと(2)Hajime Yamazaki(山崎元)


果たして、どれだけの人が、癌を宣告された瞬間にこんなことを考えられるのだろうか。

日頃から、良質な意思決定を心がけているからこそ、本当にいざというときに、このような適切なロジックで考えることができたのだと思う。それにしても、本当にとんでもない冷静さだ。

さらに、この後、良質な意思決定をするために、正しい情報収集を進めていく部分についても圧巻である。

ご自身の知識レベルの判断(豊富だとは言えない)と、制約条件の整理(時間が限られている)をもとに、良い意思決定をするために、信用できて利害関係のない数人の専門家にアドバイスを求める、というアプローチを取る。

そして、専門家に何を聞いているかといえば、直接の答え・アドバイスではなく、どの情報ソースにあたるべきかを聞いているのだ。

適切な情報ソースにあたって、必要な情報を自ら得たうえで、自分にとってのリスクとリターンを考慮した上で、治療方針を主治医に伝えている。

なんというお手本のような意思決定プロセスなのかと、心底から感心する。

なお、残念ながらその治療方針での治療後に再発してしまうのだが、そのときの感想もまたシビれる。

 再発に至ったことに関して、それまでの治療方針や検査などの選択を検討し後悔するような気持ちは一切起きなかった。ここまでに至った諸々は、「サンクコスト」である。大事なのは、これから何をするかだけだ。原因は、「そういう癌だった」と整理しておくのがよかろう。

「癌」になって、考えたこと、感じたこと(4)Hajime Yamazaki(山崎元)


マネーリテラシーを高め、本当のコストを自覚する

 結論から言うと、筆者はがん保険に入っていなかった。しかし、それで何の問題も無かったし、がん保険に入らないという意思決定は、筆者以外の広い範囲の人にとってこれからも正しい。

 もちろん、がん保険に入っていれば、「結果的に」お金が貰えて得をしていただろう。しかし、仮に筆者がもう一度人生をやり直すことが出来るとして、「意思決定の問題」として、がん保険に入るかというと、入らないだろうし、常識のある人間としてはそれが正解だ。一度だけでなく、何度やり直しても、現行の制度や保険の性質がすっかり変わらない限り、答えは同じだ。

「癌」になって、考えたこと、感じたこと(3)Hajime Yamazaki(山崎元)


なぜガン保険が不要なのか、逆にどのような保険なら入る価値があるのかについてはぜひ山崎さんのnoteをお読みいただきたい。なお、もっとも気になる「実際に治療費としていくら必要だったか」の答えは、なんと14万円だったそうだ。

驚くほどの安さ。しかし、山崎さんはこう言っている。

 では、この一連の癌治療のコストはこれだけなのか、というと全く正しくない。おそらく最大のコストを見逃している。それは、機会費用だ。

 経済的な損得勘定を正確に把握しようとすると、実質的に払った医療費が幾らであったかといった問題は些末とまで言わないまでも、細かな問題だとさえ言える。読者諸賢も、病気治療の費用を見積もる上では、病気治療が必要ない場合に獲得可能なはずだった経済価値の中で取り込み損ねたコストを機会費用として認識する必要があることに注意されたい。

これですよ。これぞ山崎節。

意思決定の質を高めることと、マネーリテラシーを高めておくことが、いかに大事か。山崎さんは身をもって実証してくれています。

しかも締め方もカッコよすぎる。

 一般に、意思決定とコストの問題は見かけ以上に複雑で、考えてみると面白いことが多いのだが、自分の癌治療もなかなか興味深い題材であった。


最期の日のぎりぎりまで幸福は追求できる

 さて、では私はどのような人に会いたいのか。「サンクコストにこだわるな、機会費用を見落とすな」を長年意思決定の習慣としている私としては、昔話をしたがる人物には現在全く会いたいという気が起きない。
 現在を理解したり、時間が短いとは言えこれから何かをしたりする参考になるアイデアを持った人物に会いたい。
(中略)
 結論から言うと、自分から頼んで時間を貰い、意見なり情報なりが欲しいと思う相手を、自分が選んで時間を使う、ということに集約される。それ以外にない。
 そうでない相手に時間を使うのは、癌でない平時であっても、本来は時間の無駄だと考えるべきなのだ。

「癌」になって、考えたこと、感じたこと(4)Hajime Yamazaki(山崎元)


かぎられた時間のなかで、モノや人間関係を整理されていかれる様子は、いま読むと非常に切ないのだが、その姿勢から学べることは多い。

自分の人生にとって大事な人に時間を使う。そうでない人に煩わされない、時間を使わない。

最期のぎりぎりまで希望を持ち、時間を大切に使い、そして最期まで自分のスタンスを通し切ることが、最高の幸せなんじゃないか。そんな気づきをもらいました。


 しかし、このような時こそ、原理に立ち返るべきだ。
 最期の日のぎりぎりまで幸福は追求できる。一方、他人はその人を過去の業績その他で評価しようとするかも知れない。実は、このズレを上手く利用することが良い人生を送るコツになるのではないか。「本人」にとって、他人からの評価は「サンクコスト」に過ぎないからだ。
 いくら努力しても過去の蓄積を「本人」は将来に持ち込むことが出来ない。
 過去は「他人」のもの、最期の一日は「本人」のものだ。お互いに機嫌良く過ごす上で邪魔になるものは何もない。
 上機嫌なら全て良し、と思うがいかがだろうか。

「癌」になって、考えたこと、感じたこと(5)Hajime Yamazaki(山崎元)

 現在の私のミッション・ステートメントは以下の通りだ。
(1)正しくて、
(2)できれば面白いことを、
(3)たくさんの人に伝えたい。

 自分の意見・発見・考案などを、できるなら論敵も苦笑いするような面白い形で伝えたい。皮肉なユーモアと共にズバリと正鵠を射ることが出来たら嬉しい。目標は「上機嫌なショーペンハウアー」である。

 「意見や主張の表現は、面白いものを上、真面目なものを中、怒りとして表すものを下とする」と心掛けている。

私のミッション・ステートメント Hajime Yamazaki(山崎元)


あらためて、ご冥福をお祈りいたします。


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