私のミッション・ステートメント

 有名な企業の多くに、会社のあるべき姿を言語化した、「社訓」、「ミッション・ステートメント」、「バリュー」、「行動原則」、などと呼ばれるものがある。
 会社が急には潰れない程度まで育って余裕を持ち、経営者が社会的な自意識を全開するようになると作りたくなるものなのだろう。そうしたニーズを、経営者の周囲にいる経営茶坊主たち(「経営企画室」、「社長室」などに棲息する生き物)が見逃すはずもないし、彼らを顧客とするコンサルタントにとってもいい商売材料だ。
 あれは、個人にもあった方がいいものなのか。経済評論家は個人商店だが、あればいいようにも思えたし、無理に作る必要はないようにも思えた。

 私が最初に勤めた三菱商事には、三菱グループの三綱領と呼ばれるものがあった。「立業貿易」、「所期奉公」、「処事公明」、の三原則だ。シンプルにまとまっていてよろしい。
 正しい意味に興味がある向きはホームページででも調べるといいが、私の理解は、貿易での商売隆盛を目指す、公の利益を重んずる、物事は公明正大に処理する、といったところだ。グループ企業の中でも貿易に縁の深い三菱商事には相性のいい綱領だった。
 一方、会社が丸ごと「火の車」になりかけた某自動車メーカーのごときは、何がいけなかったのかがよく分かる。

 その後に勤めた会社にも同様のものがあったはずだが忘れた。外資系の会社も、むしろ「悪いこと」をしている会社の方が熱心に、企業の「バリュー」を掲げたりする傾向があったように思っているが、社員の行動原則は、「1.マイ・ボーナス、2.マイ・ボーナス!、3マイ・ボーナス!!」のようなものであった。今なら、ボーナスと並ぶかそれ以上にストック・オプションだろうか。
 もっとも、これは、私が金融系の会社にしか勤めたことがないからかも知れない。

 さて、「私の行動原則」は何か。それは、どのように生じたのか。
 きっかけは、誰かとの会話だったと思う。申し訳ないが、それが誰だったのかは思い出せない。広義の同業者か、編集者かのような気がするのだが、それも含めてだ。
 ある日、「山崎さんは、いったいどのようなことがしたいのですか。何か、モットーのようなものはありませんか」と問われた。
「そうですねえ。私は他人に何かを伝えたいのでしょう。
伝える内容は、正しいことでありたい。ただし、この正しいは、後から間違いだったと分かることもあるから、その時には訂正するという条件付きの正しさです。
そして、出来たら面白いと思える内容や形で伝えたい。
加えて、どうせ伝えるなら、なるべく多くの人に伝えたい。
大凡、こんなところでしょうか」
とすらすら言葉が出てきた。
 喋ってみて、あまりに自然な感触だったので、自分で少し驚いた。おそらく無意識的に日頃から考えていたのだろう。

 詳しくは機会を改めて書こうと思っているが、人の幸福感の99%以上は「(自分が)承認されている」という感覚で出来ている。大金持ちも、貧乏人も変わらない。そして、自分の価値観を自分一人で完結できるほど人間は立派に出来ていない。厄介だ。しかし、だからこそ人間は面白い。
 私の場合は、自分で正しいと思うことを面白く多くの人に伝えて、感心されたり、自己満足したりしたいのだろう。

 現在の私のミッション・ステートメントは以下の通りだ。
(1)正しくて、
(2)できれば面白いことを、
(3)たくさんの人に伝えたい。
 三菱の三綱領のような引き締まった偉そうな感じはないが、自分のやりたいことの説明は、これで尽きていて付け加えることはない。説明用にも、自分用にも便利だ。

 私の場合、わざわざ他人に伝える価値があると思える正しいことは、主に資産運用の問題であり、時に経済・社会についてのあれこれだ。
 そして、自分の意見・発見・考案などを、できるなら論敵も苦笑いするような面白い形で伝えたい。皮肉なユーモアと共にズバリと正鵠を射ることが出来たら嬉しい。目標は「上機嫌なショーペンハウアー」である。
 「意見や主張の表現は、面白いものを上、真面目なものを中、怒りとして表すものを下とする」と心掛けている。自分のことを棚に上げて言わせて貰うと、SNSには下に属するメッセージが多くて残念だ。他人を批判して怒るのは簡単だけれども、気が利かなくて、面白くない。せっかくの暇潰しの場が息苦しくなる。そろそろ気づいて、改まるといいのだが。
 たくさんの人に伝えたいと思うのは、自分の影響を拡げたいと思う本能なのかも知れないが、単なる目立ちたがりの功名心のような気がする。
 資産運用分野での発見や考案を伝えるなら、本がたくさん売れるのがたぶん一番嬉しい。会員限定セミナーで稼いだり、高額のコンサルティングに仕立てたり、プライベートバンカーになってお金持ちに纏わり付いたりする方が大きなお金になるはずだけれども、全く趣味に合わない。
 不経済な経済評論家である。

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