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#21 目標を公言する理由

僕はこのnoteで再三、「本屋になりたい」と書いてきた。

現在はサラリーマンとして真面目に働いている。

きっと、職場の同僚や上司も、まさか僕が仕事を辞めるなんて思っていないだろう。

それくらい、結構熱心に働いている。




目標を公言することは良いことなのか。

noteに書き出すことで、「本屋になりたい」という目標は色んな人の目に触れる。

普通に考えて、「本屋になる」と公言しない方が、達成できなかった時に恥をかくリスクは無くなるだろう。

本屋になるまでには、仕事を辞めて、本屋としてのビジョンを決めて、新刊か古本か決めて、出店エリアを決めて、予算を決めて、物件を探して、出版社や取次と契約して、開業届を出して、古本屋なら古物商の許可も取って、飲食もやるなら保健所に申請して、内装を整えて、本を発注して、本棚に並べて、営業時間を決めて、チラシを作って広報して、SNSで広報して、決済方法を整えて、…。

まだまだやることがありそうだけど、思いつくまま書くだけで大量に出てくる。

これらを一つ一つクリアしていかないと、「本屋になる」という目標は達成できない。




目標を公言した方がいいかどうかについては、色んな研究がなされている(気になる人はググってください)。

公言する場合としない場合で、それぞれブラスの面とマイナスの面があるから、どちらが正しいということではないのだろう。

大切なのは、公言するとしたら、「何のために公言するのか」を自分自身で考えておくことだと思う。




僕の場合、「本屋になりたい」という目標を公言する理由は、「目標を諦められなくする」ためである。

僕は、行動や発言がコロコロと変わる。

僕の中では、ちゃんと理屈があって変わっているのだけれど、側から見ると「前言ってたことと180度違うじゃん!」みたいなことがよくあると思う。

朝令暮改しまくっているのだ。

ちなみに、本屋になりたいと思う前は、子育て関係の団体を立ち上げたいと思ったことがあったのだが、あんまりしっくりきていなくて、勉強するモチベーションが続かずに辞めてしまった。

そんな僕だから、今は「本屋になりたい」と思っていても、次第に諦めてしまうかもしれないし、また別の目標が現れて、今度はその目標に向けて動き出すかもしれない。

それはそれでいいのかもしれないけど。




だけど、僕ももう30歳。

そろそろ挑戦しないといけないし、反対に、挑戦するにはギリギリの年齢だと思う。

家族も振り回すわけにはいけない。

「口に出すことでカラーバス効果が…」とか「自分で自分を洗脳して…」とか「あなたを応援してくれる人を集めるために…」とか、そんなことはどうでもいい(いや、応援してくれたりアドバイスをくれたら嬉しいです!)。

本屋という仕事は、何となく自分でしっくりきている。

やっと見つけた「本屋になりたい」という目標を、僕自身が「諦められなくする」ために、僕はnoteに公言していこうと思う。


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