見出し画像

episode 2 「違和感しかない」〜昨日まで最大の競合だった組織の責任者になる〜【完結編】

<<前編 <<中編

頑なな彼は、とはいえこの統合の成否を、ある意味決める存在でもあると感じました。
残って欲しい。残さなければならない。
しかし、そう思えば思うほど、実現が遠くなる思いがしました。
なにせ、論理的にも、情に訴えても、強引にしても、しつこくしても効果はないからです。
やるべき手段はもう見当たりませんでした。

そうしている間にも、統合の定例MTG、分科会、個別の相談、トラブルシューティング、営業会議、人事制度改定会議、経営会議に顔合わせMTG、そして夜の会食……。さまざまなタスクが怒涛のように押し寄せる毎日が続きます。
ただ、その中の多くのシーンで時間をともにする彼は、やっぱり相変わらず多くのメンバーに慕われていることを感じさせます。
彼とともに、たくさんのメンバーと一緒に仕事をしている時間は楽しかったです。

「楽しい…?」

その時にふと気づきました。
私は、彼と一緒に仕事をしている時間が楽しいと思っていました。
そして、ただ単純に、この先も一緒に仕事ができたらいいなと思っていました。

これまでなんとか引き止めようと思って、色々な手段を講じてはうまくいかず、勝手に悶々としていましたが、よく考えたらせっかくの楽しい時間なのにもったいないことをしていました。
そんなことよりも大事なのは「一緒に仕事したい」と思っていることだし、その時間を思いっきり楽しむことです。

それに気づいてから、引き止めようと考えることは一切やめました。
ただ純粋に、仕事を一緒にやりました。
幸い、タスクは山のように積み上がっていますので、ぼーっと考えるような暇もありません。
そのタスクや日々勃発する課題ひとつひとつに向き合って、そのなかで力を借りたい人から遠慮なく力を借り、とにかく今やらなければならない大きなチャレンジを、みんなで前向きに乗り越えることに集中しました。

そうやって純粋に向き合えば向き合うほど、自然と力のある人、キーマン、想いのある人と多くの時間を共に過ごすことになり、そして彼らと一緒に多くの課題を乗り越えてゆくことになります。
そうした時間を過ごせば過ごすほど、互いの理解は深まり、信頼感は増していきました。

画像1

日々の忙しさの中、時間は信じられないくらいあっという間に過ぎていき、気づくと、彼が辞めると宣言している日があと1ヶ月ほどに迫っていました。


そんなある日のお昼。


珍しく彼の方から二人でお昼ごはんを食べようと誘ってきました。
お店に向かう道すがら、何を話すでもなく二人で歩いている時でした。

「竹田さん。会社に残って、この先もやってみようかと…」

このときのシーンは、おそらくこの先も忘れないでしょう。


M&Aは買う側、買われる側という一方的な勝負事ではありません。
こと、PMIは両社の経営資源をどう競争力に転換するかという価値創造のプロセスです。そしてこの際、もっとも成否を分ける要因になるのは、やはり"人"だと思います。
A社B社双方のメンバーが、思い入れと愛着があるそれぞれの会社視点から、新たなC社に主語を変えられるかどうか。

引き止めようと躍起だったときの私は、A社の人間として彼に対面していたように思いますし、一方でそれに抵抗していた彼はB社に対する思い入れに縛られていました。
引き止めることをやめ、共に純粋に今の仕事に向き合い出したとき、初めて2人の新たな会社という視点に立つこととなり、その座標軸から発想して行動をしている状態になったのだと思います。

自らの意思でする通常の転職ですら大変なのに、統合はある日突然、自身の意思にまったく関係なく強制的に起こる、とても大きな変化です。
加えてこのとき統合された側の社員にとっては、相手が競合であり、さらに会社が変わるだけでなく、会社の名前も無くなってしまうものでしたから、なおさらだったと思います。

「違和感しかない」と感じたあの感触は、決して私だけのものではなく、みんなが互いに抱いた感覚だったのだと思いました。


統合した後の社員総会で、私はこんなことを言っていました。

統合した新たな会社をどういう会社にしてゆくのか。
その主役は、新たな会社にいる一人一人だと思います。
たとえ、どんな違和感の中にあったとしても、いつか統合が成功したときには、きっと両社の社員が「あのときはこうだったな」なんて笑いながら、肩を組んで飲んだりしているシーンがあちこちで起こると思います。

このとき夢に描いたそのシーンは、その後、現実のものになりました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?