【読書録40】LEGOで考えるパーパス経営とAI時代の人間の価値~蛯谷敏「LEGO 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方」を読んで~
私の小6になる息子は、超がつくほどのレゴ好きである。最初に幼児向けのレゴデュプロを買って以来、レゴとプラレールは、片時も離れることもない、二大遊びアイテムである。本書で描かれるようなテレビゲームに「遊び」の主役に奪われるようなこともなく、まもなく12歳になる。おかげで、コロナ禍の巣ごもり時間も充実した時間を過ごせている(参考:制作物の一部)。
本書を手に取ったのは、そんなレゴ好きな息子と日々接している中、カンブリア宮殿にレゴジャパンの社長が出演した回を見て、その経営の軌跡に興味を持ったからである。
本書は、大きく分けて2つのストーリーからなる。
➀レゴという会社の試練と成長を通じた経営の軌跡
イノベーションのジレンマに直面した企業にとってなかなかその状況に気づかないこと
そこから脱出するために何が本質的なカギとなるか。
また一度危機から脱出しても、永続的に続くような競争優位性は確保できないということ。そのような中、何を指針に経営していくか?パーパスである。本書は、パーパス経営の最高の実践事例の紹介となっている。
➁試練の中で見つけた「レゴ」という製品の本質的な価値
AI時代における人間の価値とは何か。またその人間の価値を高めるためにレゴという製品がいかにマッチングしているか。
レゴの本質的な強み
著者は、本書を、「世界有数のブランド『LEGO』の強さを解き明かすケーススタディ」と言う。
レゴという会社が「価値を生み続けるための4条件」として以下を挙げる。
これらの強みは、創業当初から一貫してあったものではなく、創業から試練を乗り切る中で、見出していったものである。
その軌跡を見ていこう。
レゴの経営の軌跡から見えてくるもの
創業・発展
レゴは、1916年デンマーク・ビルンで大工だったオーレ・キアク・クリスチャンセンが創業した。当初は、木製玩具の製造・販売であったが、1949年に現在の主力製品であるプラスチック製ブロックを開発し、製造・販売をはじめる。
今でも当社は、75%の株式を一族が保有する非公開会社である。
その後、順調に成長し、同製品も分野で圧倒的なブランドを形成するが、1980年代後半から危機を迎える。
経営危機
背景には、2つの要因があり、著者は、「イノベーションのジレンマ」に陥ったと言う。
➀レゴブロックの基本特許(クラッチ製造の特許)が切れ、廉価な競合商品が出回り、コモディティ化する。
➁テレビゲームに子どもを奪われる。
しかし、なかなか自社商品への自信からレゴの置かれた状況に自らは気づかず危機は続く。
「脱ブロック」による挫折
そして1998年には、外部人材に経営を任せることになる。
経営を任されたポール・ブローマンは、レゴブランドを生かした新ビジネスの立ち上げによる多角化に舵をきる。合言葉は、「脱ブロック」。
TV番組、テレビゲーム、アパレル、時計、キャンプ用品までライセンス収入を狙い、一方で、全従業員の10%にあたる1,000人の人員整理を行う。
彼による改革は、スターウォーズとのコラボ製品なども生み出すが、ほとんどの新規事業は成果出せなかった。
後に、「それまでレゴブロックしか開発してこなかった会社が、いきなりテレビゲームやテーマパークやっても成功しない。」と振り返られるように、自社の強みやレゴらしさを忘れた戦略であった。
MITスローン経営大学院講師で「レゴはなぜ世界で愛され続けているのか 最高のブランドを支えるイノベーションの7つの真理」著者でもあるデビット・ロバートソンの言葉が印象的である。
経営とは、結果責任である。自社リソースに見合わない戦略は絵にかいた餅となる。ただ、この失敗が後のレゴにとって大きな教訓になったのも事実であろう。
そしてレゴは、2004年に記録的な赤字となる。ファンの心がレゴから引き離された結果だと著者は言う。
35歳のCEOによる改革
そして、中興の祖となる、ヨハン・ヴィー・クヌッドストープが登場する。当時まだ35歳。教員免許を持つ元マッキンゼー、レゴに入社して3年の事である。
本書では、クヌッドストープへのインタビューも掲載し、その経営改革について深堀していく。
まずは、危機から脱出するため、再建期限を3年として、全従業員の1/3にあたる1,200人という規模の大胆な人員整理も実施する。
そして、多角化路線を見直し、自らの価値を問い直し「ブロックを組み立てる」という経験を届けることに事業を集中する。
インタビューの中で、クヌッドストープが自らこう振り返る。
はじめから答えがあったわけではなく、走りながら、いろんな人との意見交換を踏まえて方向性を導き出していく。
レゴのビジネスは、レゴブロックの開発と製造から外れてはいけない。という明確な方向性を決め、「イノベーションマトリックス」というヒット作が続く製品開発の仕組みや、DHLと組みサプライチェーン改革に取り組む。
製品の開発と製造・サプライチェーンという両輪をテコ入れしたうえで、ようやく理念の再定義に着手する。クヌッドストープは、こう言う。
「優先順位とタイミング」を考え、それが環境にマッチしたということであろうか。
そのような中、「子供にも大人と同じ高品質の製品を届ける」という創業者の理念に立ち戻り、再発見したのが、創業者が良く使っていたこの言葉である。
「only the best is good enough」
クヌッドストープの改革は、多岐にわたるが、興味深かったのが、MITのエリック・フォンヒッペル教授の知見を取り入れた、ユーザー・イノベーションの取り組みである。ユーザーが自分たちよりも優れたアイデアを持っているという認識にたち、ユーザーのアイデアを製品開発等に取り入れイノベーションにつなげる取り組みである。
これによって、レゴアイデア、レゴマインドストーム、レゴアーキテクチャー等を生み出す。「ファンマーケティング」の取り組みである。
危機、再び
創業者の理念への回帰により、危機から脱出したレゴ社は、その後、快進撃を続ける、増収増益を続けるが、2017年に13年ぶりの減収減益に転じる。
10年で売上高5倍、営業利益は9倍、社員数が2012年に約1万人から2017年に約1万8千人に増えるなど、急成長による過程で生まれたひずみによりブレーキがかかったものである。
そのような中、新CEOになったのが、ニールス・クリスチャンセンである。大企業の動かし方を熟知した人物ということで外部から登用される。
彼による改革は、まずは、本来力を注ぐべき仕事よりも、社内調整に時間を取られるという組織のひずみを是正し、1400人の人員整理を行い、反転攻勢への体制整備を行う。
反転攻勢により、レゴは再度、成長を取り戻し、2020年には、最高益をたたき出す。
クリスチャンセンは、著者とのインタビュ―で、「今後も成長を続けるための魔法のような方法はない。」という。
著者は、本書を通じて、レゴの本質的な強さをこう表現する。
AI時代の人間にとってのレゴ製品の本質的な価値
AI時代の人間の価値
AI等の目まぐるしい技術進化によって、身につけたスキルはすぐに陳腐化する時代になった。予測不能な未来によって、身につけたスキルはすぐに陳腐化する。
「正解は一つではない」時代になったのである。
そのような時代の中で、本来の人間の価値をこう言う。
レゴこそが、本来の人間の価値を高める遊びである事を当社は見出していく。
遊びを通じて学ぶ創造的思考
MITメディアラボ シーモア・パパートは、「人は心に内在する経験を形にして初めて認識し、学習していく」「人間は、手を動かしながらモノを作ることで、自分の中に内在するイメージや心理を構築することができる」というコンストラクショニズムを主張する。
同じく、MITメディアラボのミッチェル・レズニックは、「ライフロング・キンダーガーデン」人間の創造性は幼稚園のときに最も活発だという仮説を提唱する。
現在の教育システムは、情報伝達には、効率的だが、クリエイティビティを失うと言う。
創造的思考力には、以下の4つのPが必要であり、レゴを使うことで、創造的思考力の奥行きが増すことができるという
企業の戦略策定にもレゴ
またそれを大人の世界に転化したのが、レゴシリアスプレイである。
レゴシリアスプレイでは、作ったものを平等に説明することでフラットな関係を築き、参加者全員のアイデアを引き出すことが可能になる。
またその究極の目的の一つは、「参加者やその組織が最も大切にする価値を浮かび上がらせること」であるという。
答えは自分の中にあるとする。
simple guiding principle (本質的な判断基準)
レゴシリアスプレイを開発したレゴ社員ロバート・ラスムセンは、レゴは大人の創造力を開放するとしこう言う。
最後に
今回も長くなってしまった。
気候変動等の深刻な社会問題により、「成長」が唯一の解で無くなった企業にとって「存在意義」を問うことの重要性は増している。
どんな価値を生み出す会社・組織で仕事をするかの重要性は増している。
自らの価値に忠実にまたその価値をファンとともに高めていくレゴ社の取り組みは、あるべき企業の一例として示唆に富む。
また本書を通じて、AI時代の人間の価値とは何か考えさせられた。
本書の解説を書くBIOTOPE代表の佐宗邦威氏の言葉を紹介することで終わりにしたい。
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