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【読書録75】市場メカニズムが働かず、沈みゆく日本の現状と課題~宮本弘暁「101のデータで読む日本の未来」を読んで~

 著者は、元IMF(国際通貨基金)のエコノミストで現職は、東京都立大学教授の宮本弘暁先生。
 ビジネスに役立つ経済学をオンラインで学ぶThe Night Schoolでの無料体験講義が、とても面白く本書を手に取る。

 日本の未来への危機感を、世界の潮流や客観的なデータを基に指摘しており、非常に説得力が高く感じた。本書を通じて、私自身が知らない知識をアップデートでき、また日本経済の今後の打ち手を考える良いきっかけにもなった。

 著者が、参考文献として挙げている、安宅和人さんの「シン・ニホン」にも通じるものがある。

手元に置いておきたい本である。

本書の概略

 本書は、「人口構造の変化」「地球温暖化対策によるグリーン化」「テクノロジーの進歩」という世界を変える3つのメガトレンドを概観し、その3つのメガトレンドが、日本の未来に及ぼす影響について、7つの分野(経済成長、財政、医療・健康、農業・食料、教育、エネルギー、地方・住宅問題 )でデータを基に考えていく。

 その上で、著者は、「労働」こそが日本再生の鍵を握るとして7つの分野とは別に、1章割いて記載する。

 いずれの分野においても、日本が、世界の大きな潮流の変化から取り残され、経済や社会のシステムが旧泰然としたままで残っていて、様々な歪みを生み出している姿を浮き彫りにする。
 そしてタイトルの「日本の未来」の通り、日本に必要な政策提言を行う。

 全般的には、様々な分野で市場のメカニズムが働かないことが、効率性を損ない、世界の中で立ち遅れている状況を指し示しているという印象を持った。

 中でも特に印象に残った3分野(財政、教育、労働)を取り上げることにしたい。

財政

 
 著者は、財政について、国債の利払いの話から進める。その額、約8.5兆円(2021年度)、1秒で27万であるという。
 2021年度の国の歳出額106兆円の内、1番は社会保障費35.8兆円(約33%)、次に国債費23.8兆円(約22%)とのこと。歳入では、約6割が税収で残りの4割、43.6兆円が国債。考えてみると恐ろしい。
 バブル崩壊後の税収減と繰り返される景気対策、さらには高齢化による社会保障費増で増え続ける借金。
 
 著者は、「財政危機は他人ごとではない」という。
 
 景気浮揚のための財政政策が、高齢化で効きにくくなっているという事も、もう少し頭に入れておいた方が良いであろう。
 
 そして、著者は、このような状況への処方箋として、消費税を少なくとも税率15%まで毎年1%上げていくことを提言する。

 前もって、中期的な増税の予定を示すことで、経済主体がそれを織り込んで行動するので、経済への影響は低減できるという。
 IMFも消費税率を2030年までに15%、2050年までに20%に段階的に引き上げることを提言しているとも指摘する。
 ポイントは、負担に応じた受益、つまり納得感ある使い道である。

 状況はここまで追い詰められているとも言える。

教育

 
 この分野で驚いたのがその市場規模である。自動車の世界の市場規模が、約3.6兆ドルに対して、教育の市場規模は、2010年には、約4.2兆ドルだったのが、2020年には、約6.5兆ドル、そして、2030年には、約10兆ドルになるとのこと。
 「国家100年の計」といわれるだけはある。

 そして、一番大きなのが、教育に求められるものの変化である。
AIなどのテクノロジーの進化によって、人間に求められることが大きく変わった。

 戦後の工業化社会で求められた「決められた事を正確かつ効率的に行う」ための教師から生徒への一方通行で知識を注入する教育は時代遅れとなった。

 今、社会で求められてるのは、豊かな発想力、問題発見力、考える力、そして他者と協働できる力だという。
 またグローバル化で多様な文化・歴史・宗教・価値観を持つ人々と働く上で、リベラルアーツも欠かせないという。現状の学校教育とはかなり乖離があるのは否めない。

 また日本の国家としての教育への支出の低さを問題点として挙げる。
公的な教育支出のGDP比は、2.8%とOECD加盟国最下位だという。
 著者は、この状況を教育への支出を削って社会保障に費用を掛けているといい、国の長期的な成長にとって良いのかと問題提起する。

 質の低い教育、教育への支出の低さなど、本当に大きな課題である。 

労働


 著者が1章別建てで論ずるだけあって、日本の未来にとって、この労働市場の変化が非常に重要であることは分かった。

 著者は、恩師である島田晴雄先生の言葉を借りてこう言う。

 「すべての道は”労働”に通ず」

 日本型の雇用慣行が、日本の高度成長の一因となったものの、その後の、少子高齢化、テクノロジーの進化、グローバル化などの環境の変化で、機能不全に陥っていることは、広く論じられていることであり、以前に取り上げた「拝啓 人事部長殿」でも触れられていることである。

 技術革新やグリーン化による経済構造の変化で既存案業から新しい産業への労働の再分配が行われるべきが、労働市場の硬直性により、行われないことが経済成長を妨げている事を、労働市場の流動性と生産性の相関図によっても示す。
 そして、公共投資などの財政政策の効果(生産・雇用増)も労働市場が流動的であるほど大きくなるというIMFの調査研究結果を挙げる。

 著者は、質の高い流動的な労働市場を構築するのに、労働者の能力評価を適正にすることの重要性を挙げる。
 そして、流動的な労働市場において、労働者が自ら能力を磨き上げるのを後押しするため、「自己開発優遇税制」の導入を提言する。
 教育分野の課題に通じるが、環境変化に合わせて、学び続ける力が求められる。

 流動的な労働市場構築には、既得権益を打破できるかがポイントかと思う。私達世代が一番の岐路に立っているだろうが、これは避けられない事であろう。
 私自身、現状にしがみつきたい気持ちもあるが、自分自身を磨いていくしかないだろう。

最後に


 上記以外にも、原発に対する問題意識や空き家問題に対し、中古住宅市場にマーケットメカニズムが働いていないことや新築購入を重視する政策などを指摘する点なども大いに参考になった。

 マクロ経済分野では、小峰隆夫先生の論説からいつも勉強させていただいているが、小峰先生に加えて、継続的にその論説を追いかけたいエコノミストに出会えた。
 今後は、同世代の宮本先生のデータをもって説得力ある論説からも継続的に学んでいき、日本社会・経済を立体的に把握していきたい。
 そして、自分自身の生き方、あり方にも活かしていければとも思う。
  
 

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