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経営者はサラリーマンではない

田中角栄。1972年~74年、第64~65代内閣総理大臣です。
1973年と言えば、第4次中東戦争をきっかけに始まった第一次オイルショックが始まった時。
のちに金権政治等で叩かれる角栄でしたが、1962年第二次池田内閣の大蔵大臣として、並み居るエリート中のエリートである大蔵官僚の前で行った短いスピーチが有名です。

● 1962年田中角栄 大蔵大臣就任後の大蔵省でのスピーチ ●


” 私が田中角栄であります。皆さんもご存じの通り、高等小学校卒業であります。皆さんは全国から集まった天下の秀才で、金融、財政の専門家ばかりだ。かく申す小生は素人ではありますが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきており、いささか仕事のコツは知っているつもりであります。
 これから一緒に国家のために仕事をしていくことになりますが、お互いが信頼し合うことが大切だと思います。従って、今日ただ今から、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者は、今年入省した若手諸君も遠慮なく大臣室に来てください。そして、何でも言ってほしい。上司の許可を取る必要はありません。
 できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上! ”

いかにも角栄節が全開のスピーチです。
何ができるのか?、と疑ってかかっていた大蔵官僚の前で、優れた親分としての所信表明を行って、彼らの心を掴んだと思われます。

私の見るところ、このスピーチから学べるポイントは3点あります。

● 1.オープンドアポリシー ●

いまでこそ欧米の流儀などから当たり前のようになっていますが、1960年代前半の日本では、オープンドアポリシー自体を積極的に取り入れている大組織は、民間企業、行政機関等では珍しかったと思います。

目的は、角栄さんが言うように、
 「お互いが信頼し合う」ため
あるいは、
 「良い報告も悪い報告も風通し良く受ける」ため、
さらには、
 「組織としての一体感を出す」(後述)ため、
に常にトップと会話できる状態を作ることです。

ところが、先日このキーワード(オープンドアポリシー)でネット検索したところ、びっくりするような主張をしている人が少なくないのに驚きました。

「トップは机に向かえる時間は少ないので、集中的に作業するべき」
「途中で部下に邪魔されると、頭の切り替え等で作業効率性が悪化する」
「仮に報告、意見を聞くにしても時間帯を決めてやるべき」
こんな趣旨のことを述べています。

これは、一般従業員または部長格位までのサラリーマンに当てはまる効率性議論であって、経営トップや組織リーダーには当てはまりません。

そもそもトップは組織内での最高権力者なので、オープンドアポリシーを取り入れても、組織構成員がめったやたらと、
 「ねえ、社長」
と、どうでもいい報告、相談をしてくることは皆無のはずです。
(従業員数十人位までの小規模組織(スタートアップ組織とか)ではありえるかもしれません。トップがプレーイングマネジャーのことも多々あるので)

上記のような「トップの作業効率性」は、企業・組織にとっては二の次であって、
 風通し良く情報がリアルタイムに行き来できる
とか、
 自由にものを言い、相談できる組織風土を持っている
方が遥かに重要なはずです。

そのためにオープンドアポリシーは有効な施策の一つです。

● 2.困難でもやるべき判断をしたら責任をもって断固実行 ●

1965年山一證券が経営不振に陥りました。前年からの証券不況の影響です。
この時、大蔵大臣だった角栄さんは救済のために日銀の特別融資実施を命じます。大蔵官僚は保守中の保守ですから、過去に経験がないこうしたことは二の足を踏みます。そこに、「いいからやれ。責任は俺がとる」と言って日銀特融を実施しています。

実行部隊のお前たちに責任は問わない。責任は俺がとるから、思い切りやってくれ。これは中々言えることではありません。現政府で、ワクチン政策や、マイナンバーカード政策の不備について責任を取ろうとせず、言い訳、言い逃れ、責任のなすりつけ(地方行政部門に)を行っている人が見受けられますが、これでは人はついてきません。

● 3.トップの責務:組織としての一体感の醸成 ●
   (目的設定、目標設定、価値観の共有)

この点は角栄スピーチでは明確には触れていないですが、間接的に宣言しています。

経営トップ、組織リーダーは一般構成員とは違います。
一般構成員(中間管理職、職員など)は大目標とやるべきことを与えられて、制約の中(例.就業規則、自己目標、営業ノルマ等)で目一杯働く人々です。
しかし、トップは、
 ・目的設定 :企業理念、経営理念、社是等。
 ・目標設定 :経済的価値(利益等)、社会的価値(社会貢献等)。
 ・価値観共有:上記の意味と重要性を構成員全員で共有。

し、組織としての一体感を醸成することが非常に重要なポジションです。

もちろんCxOがお取引先に出向いて、営業の一環に加わること等もあるでしょう。しかし、それは単に契約を有利に進めるためだけではなく、企業価値に共感を持ってもらうためでもあります。

世界に名だたる企業は、この企業価値(感)の社内外共有と言うことを非常に重視しています。

一時期、企業のESG投資ということが話題視され、最近は一時の流行りものとして消えかかっています。
しかし、
 1990年代 CSR(社会的責任)重視
 2000年代 サステナブル(Sustainable持続可能性)重視

ときて、ESG重視となった流れは、まぎれもなく、
 「企業が、経済的価値、社会的価値として何を重視しているか」
 「それを組織内、社内全体で共有するためにどんな活動をしているか」

という、目的設定、目標設定、価値観共有の流れに基づく企業価値の本質を問うことそのものです。

経済的価値偏重はだめ。
かといって社会的価値偏重もだめ(慈善事業じゃない限り)。
企業の価値観はどこにあって、どのように育てているか、育てていくか。
経営者はこれを決して忘れてはいけません。

 ● さいごに :トップはいざと言うときに前面に立つべき ●

角栄スピーチの「俺が責任を取る」に通じます。
欧米で言うところの、
 「ノブレス・オブリージュ(高い地位には責任が伴う)
です。

大規模なプロジェクト活動などしていると(構成員100人超など)、リーダーやトップが平常運転時にも関わらず、やたらと忙しそうにしている組織があります。

 平常時になぜそんなに忙しいんですか?
 何かトラブルが起きたらどうするのですか?
と聞くと、
 日々送られる大量メール報告を詳細に見ておかないと何が起きるか不安。
 何か起きたらマネジメント層の増員、補強、応援を頼むしかない。
などと言われることがあります。

これは明らかに間違いで、平常運転時は No2 やミドルマネージメントに権限委譲して、要点のみを日々押さえるようにすべきなのです。そのためのエレベーターテスト*もありえます。

いざという緊急時には、トップは徹夜だろうが不眠不休だろうが頑張らねばならない時が来ます。また、部下の不始末でも、関係者にお詫びや進退を考えるなども必要になります。

経営者は決してサラリーマンでは勤まりません。

*エレベーターテスト
多忙なCEOにエレベーター乗車の数分で必要な内容を伝えきれるか?
という報告形態。通常運転時の経過報告は、こうしたレベルで十分で、今後に影響を与えそうな内容の報告(良いもの、悪いもの)はじっくり時間を取って説明すべき。
そのためのオープンドアポリシーである、と私は考えます。

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