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あの日の記憶

その昔漫画を描いていた
小学3年生での出来事である


それまでの私は引っ込み思案で
授業の時に先生に当てられて発言しなくては
ならないという恐怖心と毎日向き合っていた
偏食も激しくいつも5時間目の終わりまで
給食を食べているような超絶インキャ人生だった

学校終わりはまっすぐ帰らずに
家とは真逆方向にある親の勤務先に向かい
仕事が終わるまで待って一緒に車で帰っていた

友達と呼ぶ人はたくさんいたが
各々が仲良しグループを構築しており
その中の一つになんとなく入れてもらっていたが
本来の意味での友達は1人も居なかったのだと思う

小学2年生のある日のこと
担任の先生が休んだ日があった
持ち回りで他のクラスの先生がやって来た
いつものように給食で嫌いなものがあって
掃除の時間も隅っこに追いやられて食べていた
そいつの名は「ぶどうパン」である
表面についているものは当たり前のように取り除いたのだが
中の方まで点在するそのつぶつぶを慎重に慎重に取るために
もはやパンは原型をとどめないほどにボロボロになった
当時は今のように優しい世界線はなく「お残しは許しまへんで」という某アニメのおばちゃんのセリフを踏襲しており
その日も5時間目までダラダラと給食との闘いを繰り広げていた
幸いというか当時の席は窓際の後ろの方の席であったため
先生からの視線はそれほど向けられることはなかったのだが
その日は別の先生であったためいつもと風向きが違ったのだ

干しぶどうのグニグニとした食感と絶妙な酸味が織りなす不快感は
なにものにも変え難い苦行であり私は一大決心をし
ぶどうをむしり取った左手を窓の外へ差し出して
一粒一粒丁寧に捨てていた
そして事件は起こったのである

教室は1階にあったのだが
外回り(散歩)をしていた別の先生に見つかってしまったのだ
地面に落ちている黒いつぶつぶを確認し
臨時の先生に報告されてしまった
授業中真っ只中ではあったがその臨時教師が近づいてくる
私は衆人環視の中、晒し者になった
師は言った「食べ物を粗末にするんじゃない」と
至極当たり前の事を言われたのだが
そんなことよりもそんなに親しくもない他人の大人に
叱られたことで私は人目も憚らずワンワン泣いた
外に捨てたぶどうも全部拾いに行かされた
これを全部食べないと家に帰ることを許されなかったので
咀嚼はせず口の中いっぱいにぶどうを詰めて
授業が終わるのを待った
チャイムがなって先生が教室から出ていくのを見計らってこら
トイレに駆け込んで盛大に吐いた
その日はいろんな感情がごちゃ混ぜになり生きた心地がしなかった
どうやって家に帰ったのかも覚えていない
次の日学校に行きたくなくなるかもしれないかと思ったけど
次の日から担任の先生が復帰することがわかっていたので
そんな気持ちにはならなかった
担任の先生はお母さんと言ってしまうほど好きだったのだ

この体験が切っ掛けとなったなったかは定かではない
しかしながら私自身の人生を大きく変えた

時は流れて小学3年生のこと

初めて経験するクラス替えという一大イベントだ
それまで何となく帰る方向が同じだった同級生と
何となくの友達ごっこをしていたのだが
私はこの新しい顔ぶれの中で違う自分を演じてみたくなってしまったのだ
今までの退屈で詰まらない人生に刺激を求めるべく
私は本来の性格とは真逆の
「お調子者」キャラクターを演じることに成功した
後に成績表のコメント欄にも同様の評価が記されることになるのだがそれはまた別の話

道化を演じることには然程抵抗がなかった
むしろ快感すら覚えている
それまで女子と話すことなんて指折り数えるほどしかなかったのだがそれ以降は事あるごとに
ちょっかいを出してコミュニケーションを取っていた
それを見て別の男子が笑っているのが面白くて
積極的にウザがられて遊んでいた
一年という歳月を経ても給食時間は相変わらず苦痛で
月間のメニュー表を見て毎日一喜一憂した
しかし前述の経験以降ある変化は起きていた
「お残し許すまじ」が身に染みていたのだ
偏食は急には治らず嫌いなものは他の子よりも
断然多かったが「叱られたくない」気持ちが先行して何でも我慢して食べれるようになった
攻略法を以下に記す

まず嫌いな食べ物を選別する
それらを一気に口内に放り込む
咀嚼は飲み込めるレベルで必要最小限にし
一気に牛乳を飲み流し込む

その後、好きなものをじっくり堪能し幸福感を満たす
そうやって危機を何度も乗り越えて来たのだ

当時学校では謎のブームが起きていた
牛乳を飲むためにストローが付属するのだが
その「ストローをたくさん持っているやつが偉い」
という謎ルールがいつの間にか実装されていたのだ
皆一様に牛乳はパックの飲み口を開き
直飲みをしてストローは温存する
それを毎日1本ずつ机の奥えと蓄えていくのだ
しかし欠席をしない限り全員平等の数しか与えられないのにそこに差が生まれていくのかだが
まずはクラスのジャイアン気質の者はカースト下位の者たちから力技でぶんどっていくので自ずと本数が多い
その他はどうするのかというと、各々の才能によってそのストローを獲得していくのである

基本は物々交換によるもの
手持ちのどうしようもくだらないものと
ストロー交換を持ちかけるのだ
貨幣制度が生まれる前の原始的なやり取りである
多くは文房具の中から相手の食指が動きそうなアイテムで交渉を仕掛けていく
そうでない場合はシンプルにジャンケン、あっち向いてホイという古典的な勝負を持ちかけるのだが
私はその何も選択をしなかった
交渉自体がめんどくさかったのである
またクラスのジャイアンに目をつけられるのもめんどくさかったのでそのやり方を避けたと言った方が正しいのかもしれない
内面はインキャ属性のままで変わらないので
お調子者を気取ってはいるもののハートはチキンなのだ
私はA4のノートを後ろの方から1枚ちぎり
4回折りたたんで名刺サイズに折り目を付けた後
輪になる部分をカットして手のひらサイズの本を作った
その頃よく人気のアニメやキャラクターをトレースしていたのもあり絵を描くのは比較的上手だった
水彩画のコンテストでは賞を獲るほどだ
授業中のノートの書き取り中にも
角部分を使ってパラパラ漫画を描いてたりもした
そこで思いついたのが「漫画を売る」ことだった

その日からお昼の休憩時間は皆が運動場に出て鬼ごっこやボール遊びをする最中必死に制作に取り組んだ
基本的なストーリーはありきたりな勧善懲悪スーパーヒーローものである
主人公はキャップを被っている
想像しやすいところではポケモンのサトシである
無論当時にポケモンなどと言うものは存在していない
小学生のおつむで考えられる範囲のストーリーに
深みなどは一切なく、ごく平穏な日常に悪しき者が現れてそれを何故か倒しにいくのだ
主人公は例にも及ばずパワーアップする
キレたらパワーアップするのだ
そう、それはまさにド⚫︎ゴンボールの如し
いや完全にパクリである
それは何故かという話であるが
主人公の髪の毛が逆立つのだ
モノクロであるが故わかりずらさはあるが
視覚的にもオーラを放っているエフェクト描いており
あからさまにそれは盗作以外のなにものでもない
しかしながらその漫画は売れたのだ
ストロー何本で取引したのかは記憶が定かではないが私の机の中には片手では持ちきれないほどの
ストローの束が存在していた
続編を見たいと急かされることもあり
私は漫画を描くのが楽しくなっていた
だが問題は起きてしまった
漫画は常に手書きであるのと
当時コピーするという考えが頭になく
毎回毎回同じものを手書きで量産していたのだ
シャープペンシルというおしゃれなものを
持ち出すのはもう少し先のことで
鉛筆を鉛筆削りで少しずつすり減らしながら
右手の側面が真っ黒になるまで毎日ように描いた
ストーリーは単調すぎてすぐ行き詰まった
ある瞬間ストローを蓄えることへの意義を見失った
それもそのはずである
そのストローの束が全く無意味であることに気がついてしまったのである
ごく自然に「ストローたくさん持ってるやつ偉い」制度はフェードアウトしていった
それと同時に漫画を描くのもやめた

あの日の漫画を今はもう思い出して描くことが出来ないが
その漫画のタイトルだけは何故か鮮明に記憶に残っている
「ジューター」
その頃唯一家に遊びにいくくらいには仲が良かった友達の呼び名だ
もちろんその友達も買ってくれた(ストローで)

その友人はある時から親友と呼べる間柄になっていた
毎日の通学も必ず一緒に行っていた
中学にあがってからもその関係は続いていた
偶然にもクラスが一緒になっていたからだ
しかしながらその関係性にも急遽終わりが訪れた

使い古された言葉の数々が、見知らぬ誰かに届くことで、また違った意味を持つと言うのなら、それはそれはとても尊いことにございます。