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全く新しい国際型サッカークラブが、県リーグで奮闘する話 四方健太郎インタビュー

今回は、鎌倉インターナショナルFCのオーナー、発起人である四方健太郎さん(以下ヨモケン)にインタビューを行いました。

ヨモケンは大学を卒業し、コンサルティング会社で働いていました。そして2010年の南アフリカW杯に向け、村上アシシと二人で「世界一蹴の旅」というプロジェクトを行いました。1年間かけて、南アフリカW杯に出場する32か国を全て旅するという企画でした。

その後は企業の海外研修を請け負う仕事を始め、2014年からシンガポールに引っ越しています。そんなヨモケンが2018年、「鎌倉インターナショナルFC」という、Jリーグを目指すサッカークラブを作りました。神奈川県サッカー協会に登録し、現在は県2部です。

グローバルに生きているように見えるヨモケンがどのような人なのか、「鎌倉からJリーグを目指す」サッカークラブがどんなものなのか、お伝えできればと思います。ヨモケンは普段シンガポール在住なので、オンラインでインタビューを行いました。

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著者 円子文佳(まるこふみよし)
Twitter https://twitter.com/maruko2344


・なぜ自分でサッカークラブを作ったのか?


ー 今日はよろしくお願いします。今はシンガポール?

ヨモケン そうです。よろしくお願いします。いまシンガポールの自宅にいます。

ー この間本を買って、一応鎌倉インテルのこれまでの経緯については知ってはいるのですが、実際あれに書いてある通りですかね?

※鎌倉インテルのこれまでの経緯
2014年に、ヨモケンは仲間と一緒に「アジアサッカー研究所」を設立し、Jリーグのクラブに対してアジア戦略のコンサルをする事業を始めました。しかし、その活動が思ったほど広がらなかったそうです。
そのことを愚痴りながら、シンガポールの蕎麦屋で飲んでいたところ、このような話の流れになったそうです。

「じゃあ、そういう国際化に向いたサッカークラブを自分たちで作っちゃえばいいんじゃない?」
「いいね!場所はどこだろう?」
「日本の国際都市で、サッカーチームがないところは鎌倉かな?」
「僕の地元は鎌倉ですけど、ちょうどスタジアムも建設できそうな空き地がありますよ」
「マジで?じゃあ絶対やろう!」


その時の話がきっかけとなり、鎌倉インテルが誕生しました。

ヨモケン 基本的には正しいですよ。ストーリー展開上、多少前後関係がずれてたりはするんですけど(笑)

ー 元々Jリーグのアジア戦略に対して、コンサル的なことを始めたのが前身というか、構想のきっかけになったということですか?

ヨモケン そうですね。

ー Jリーグのアジア戦略をビジネスにしていければというのは、元々以前から考えてました?

ヨモケン 南アフリカW杯に向けて、「世界一蹴の旅」をしてたじゃないですか。
そのW杯が2010年で、Jリーグがアジア戦略を始めたのはその後ぐらいの時期だったと思います。そこで、自分が培ってきた経験やネットワークを活かせるんじゃないかって思ったんですよね。

世界一蹴の旅のあとも、仕事で東南アジアによく行くこともあって、現地のサッカーとか面白い人について色々と見聞きしていました。
一方で、Jリーグのアジア戦略というのは、スポーツ新聞や一般紙の運動面だけじゃなく、社会面や経済面が取り上げるようになったんですよ。
サッカーを使ったらASEANのビジネスに役立つかもしれない、みたいなことを、Jリーグが経産省と一緒にやり始めたりして、それでサッカーのことをよく知らない人、例えば日経新聞の東南アジア担当だけどサッカーのことはよくわからんみたいな人が、現地の情報を求め始めたんですよ。

※Jリーグのアジア戦略
(リーグのサイトから引用)2012年から、テレビ放送を利用したアジア諸国でのJリーグの露出拡大、Jリーグがこれまで培ってきたノウハウをアジア諸国と共有することや、現地でのサッカークリニック、イベントなどの実施、ASEAN(東アジア諸国連合)のリーグとパートナーシップ協定締結など、具体的な活動を進めています。また、Jリーグはスポーツの分野から世界に輸出できる日本の産業として、Jリーグを「ジャパンブランド」の一つと位置付けることを提案し、経済産業省が取り組む「クール・ジャパン戦略」、総務省、外務省、国際交流基金、JICA(独立行政法人国際協力機構)等と連携しながら、新たなビジネス機会の創出や、日本経済の発展に寄与することを目指しています。
https://www.jleague.jp/aboutj/asia/

ヨモケン で、僕は世界一蹴の旅をしてたこともあって、メディアの人ともつながりを持っていて、「四方さん、今度ベトナム行くんだけど現地のサッカーに詳しい人を紹介してよ」みたいな話が頻繁に来るようになって、こっちは良かれと思って色々紹介してたんですよ。
一方、カンボジアとかタイとかで面白い活動をしている人たちは、逆に日本の人たちにリーチするのが苦手だったりするので、アメブロとかで頑張って発信してるけど一日50PVとかで、もったいないなと思って、僕がミドルマンになってそこをつないだりしてました。

僕は元々は、言ってみればただのサッカーファンなんですけど、それでサッカー界に貢献できればみたいな気持ちはありました。学生時代からスポーツビジネスに興味はあったものの、当時の僕はなかなかそこに入っていけませんでした。学生の頃とか新卒の時なんて使い物にならないですし、でもコンサルとかの仕事をしちゃうと逆にもう戻れないというか、年月だけが経っていきました。

いざそういうところに貢献しようと思っても自分に何のスキルがあるんだろうと思ったのですが、よくよく考えるとASEANというのが日本の経済界から注目されている中で、そういうところの情報を持っている人があまりいませんでした。


・アジアサッカー研究所


ヨモケン
 サッカーについても、現地はサッカーサッカーしてるんで、ビジネス的に翻訳できる人がいませんでした。同じ日本人でもです。でも僕は、ある程度サッカーのことやビジネス的な考え方が理解できるということと、自分でビジネスをしている分いろんな制約も少なくて、意外と役に立てるんじゃないかなと考ました。じゃあいっそ会社かなんか作っちゃおうという、それが、「アジアサッカー研究所」なるものです。

ー その頃はまだ、日本に住んでました?

ヨモケン そうですね。日本に住んでたのは2010年後半から、2014年夏までです。
構想はずっとモヤモヤと持っていましたが、正式にアジアサッカー研究所をやろうとなったのは、2014年のワールドカップ直前ぐらいです。
で、8月にシンガポールに引っ越したので、僕としては「こういうのやろうぜ」みたいに仲間を集めて、一緒に始めて、でも僕はシンガポールに行っちゃったという形になりました。

私が仲間と一緒に2014年に「アジアサッカー研究所」を設立したのも、このJリーグのアジア戦略、世界戦略に強く賛同し、なにか後押しすることができないか?との思いからはじまっています。「アジア×サッカー×ビジネス」を掲げ、新たに作った「アジアサッカー研究所」の名刺を持って、Jリーグの十数クラブに面談のアポイントを受けてもらい、何かアジアに関する活動でお役に立てることはないか、とディスカッションを続けてきました。

(『ビジョナリーサッカークラブのつくり方』鎌倉インターナショナルFC)

で、名刺を持ってクラブのオフィスを回っても、お前何者なんじゃいって言われる。そりゃそうですよね(笑)
色々とクラブに、ああしましょうこうしましょうみたいな話はしましたが、まあ僕らの力不足だったというのもあり、時期尚早だったというのもあり、うーん……、なかなか難しい状況でした。
海外での留学や仕事などの原体験がある人とない人の違いというか……。Jリーグのアジア戦略の人は、原体験と想いがあるからいいんですが、クラブの中の担当者レベルになると必ずしもそれを持っているわけでもなくて。
リーグの方が道しるべを作るのですが、各クラブの人は、なんかよーわからんという中で、アジアだと金になるらしい、何していいのかわからん、現場の仕事は忙しい、国際交流とか言ってみればあまり興味ないみたいな。総論は華々しいんだけど……みたいな人とずっと話をしないといけなくて、こりゃ進まないな……と頭を抱えて愚痴っていたというのが、鎌倉インテルの話につながってくるわけです。


・普段はどんな仕事をしてるの?


ー ちなみに、ヨモケンのふだんの本業ってどういう仕事、活動なのでしょう?

ヨモケン 簡単に言うと、研修会社ですね。
業界で言うと人材育成とかっていうHRD(Human Resource Development)の世界なんですが、日本の企業の社員さんを国際化、グローバル化することをゴールにした研修です。
具体的に言うと新興国での海外研修、新興国でリアルに近いビジネス環境をこちらで用意して、1週間とか2週間とかのプログラムを実施しています。

ー それはいつ頃からやっているのですか?

ヨモケン 2011か12年ぐらいからですかね。

ー ところで、シンガポールに引っ越したのはなぜですか?

ヨモケン まあ、なんか面白そうだからっていうのが本音なんですが(笑)
その面白そうだなを噛み砕くと、なんですかね。


日本にいた頃から、「グローバル化を目指すべし」、「マーケットは新興国にあり」、「そこに人材が必要だ」なんて言っていたんですが……。
それで自分のやってることは、頑張って日系企業に営業し、研修の度に海外には行くものの、マーケットは日本だなと思っていて、そこに身を置いてるというのもあんまり面白くないなと。

で、僕は会社員時代に中国に3年ぐらい住んでたことがあって、その頃はワクワク感がありました。その後、世界中を色々回ってきたんですが、そこでシンガポールに寄ることがありました。
「人種のるつぼ」という言葉がありますよね、シンガポールも多民族国家なんですが、これほどまでにミックスされてる国というのはあんまりないなと感じて、これは面白いなと。

で、当時2012年ぐらいっていうのはポストチャイナとかASEANの時代だとか言われてて、今はちょっと下火なんですが、当時はシンガポールが東南アジアの経済を牛耳ってるみたいな雰囲気がありました。それに対してあこがれみたいのが僕の中にあって、だから行こうみたいなのが一義的な思いです。

他にも理由は後からくっつけられると思いますが、総じて楽しそうである、自分がそこに行ったら成長しそうである、みたいなのが理由です。
あとは、僕は中国語も英語もなんちゃってで出来るから、ちょうどいいかなというのも。

ー 当分シンガポールにはいるつもりですか?

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