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私と本についてのコト。

何度も同じような事を書いている気がするが
やっぱり思いつく事は本との思い出なので
またつらつらと、だらだらと書いてしまう。

もっとも古い「本」との記憶は幼稚園の頃。

あまり記憶がよくない私にしては、断片的に覚えているだけでも奇跡だ。

そんな幼い私を本の世界に連れて行ってくれたのは母だった。
私が長女で、まだ遊ぶ兄弟もいなかったからなおさら本が私の
遊び相手でもあった。

ある日、今考えるとよくある訪問販売がうちにやってきて
普通なら相手にしない母なのに、なぜだかその時はその販売員に案内された児童書のセットを、その時か、後から電話で注文したのかは定かではないが
購入した。

緑色の背表紙とと、ピンク色の背表紙の全20冊以上になるその絵本セットは
その後子供たちに(とくに私らしいが)本によってはボロボロに擦り切れるまで読まれて、母に言わせれば十二分に元を取ったらしい。

3人兄弟が、街が雲に覆われて毎日暗い顔ばかりしている大人をみて、
何とかしなきゃと雲に色を塗ろうとひらめいて
大人を巻き込んで雲に色を塗ってしまう「くもにいろをぬったこどもたち」は今でもお気に入りの1冊だ。
大人になってからも時々読み返してしまうし、ペンキ塗りをするたびに必然的に思い出す。

小学校の頃は、実は学校の図書館の記憶よりも、学校の近くにあった図書館の方が、割と細部まで覚えている。

絵本コーナーの入り口はちょっと狭い。
扉が狭いとかではなく、たしか扉は無くてアーチ型の入り口で両脇の既に絵本が並んでいた。
入るときにいつもワクワクした。

一般の書籍のスペースの記憶は、子供の時はあまり行かなかったし、
大人になってからほとんど行かなくなったせいか
やっぱり記憶はあやふやだ。

あの図書館が懐かしいけど、老朽化で最近、新しい場所に全く違う形で移る事になったらしい。


高校の時には、少し本から離れてしまっていたけれど
学校の近くにやっぱり図書館があった。

そこは結構新しくて、綺麗で、ちょっとよそよそしかった。
それは私が勝手にそう感じていただけだけど

だけど
その後も大人になってから使うその図書館は
すっかり「いつもの図書館」になっていった。


書店の記憶はどうだろうか

子供の頃は、親に連れられて家族で休日出かけた小さなショッピングモールの中に併設されている本屋さんで、漫画を買ったりした記憶が本を買った一番古い記憶。

そうだ、本屋さんでは子供の頃はなぜか絵本は自分で買わなかった。

そもそも、おこづかいで買えるのは漫画雑誌くらいと思い込んでいたのかもしれないし、実際絵本は漫画より高かった。

絵本や児童書などは図書館で借りて読めるけど、漫画は読めないから。

我が家には週刊や月刊で出ている漫画雑誌を買う習慣はなかったけれど
ある日叔母が、お土産みたいに私と弟たちに1冊づつ漫画雑誌を買ってきてくれたことがあった。

きっと母は「やってくれたな」と思っただろう。

すっかり私たち姉弟は漫画の世界にはまってしまった。

続きが読みたいから、出かけるたびに、または父に頼んで買ってきてもらうようになってしまった。


高校に入って、バイトをしてある程度自由に使えるお金が増えた私は
やっぱり漫画、コミックスやその頃は雑誌をよく買った。
年頃らしくファッション雑誌、あと映画雑誌は当時毎月3冊も買った時期があった。
あんなに自由に使えるお金があったのに、その頃は本当に文字だけを追う「読書」からは離れていた。小説などの文庫や単行本を買った記憶が一切ない。

当時は高校から歩いていけるところに、アーケードがあって、
今もあるが当時はもっと「栄えて」いた。

2階建ての奥行きのある大きな書店もあって、よく行った。
何年か後にはいつの間にか空き店舗になってしまっていたが。
ブックオフみたいなチェーン系列ではない、個人経営のような面白い古本屋もあって、そこでもたまに雑誌のバックナンバーや、珍しい洋書を買ったりしてワクワクした。英語も読めないのに。
やっぱりそこもいつの間にか無くなっていた。

今でもその通りに残っているのは小さな書店1店舗だけ。

書店だけではない、いろいろなお店があの頃とは変わっている。
大きなデパートも無くなり小さなドラッグストアと100均に変わった。
コンビニだと思った場所はいつの間にか雑貨屋になり、美容院になり
そして空き店舗に変わっていく。

社会に出て、しばらくはもっと「本」自体から離れた。

雑誌も読んだかもしれないが記憶にない。


ある頃から、人に本を贈る為に書店に行くようになった。
人に本を選ぶ時に、私は自分も本が好きな事を思い出したのだろうか。

そんな記憶も無いが、自然とそうでない時も書店に行くようになった。

学生の時とは異なり、大人になった私はアーケードではなく
車で行けるもう少し離れた場所に行くようになった。

何か所かそれぞれ大きめな書店ができており
カフェが併設されていると、そっち目当てで行って、ついでに本を買ったりする事も多々あった。

図書館からはすっかり離れてしまっていたが
私はやっと本に戻ってきていた。

決して買わなくても、本棚に囲まれた空間がなんとも言えず居心地がよかった。
図書館でもきっとそうだった。
目当ての本が無くても、何も借りるつもりがなくても、あの空間が好きだった。

もう少し時代は進み

インターネットで本が買えるようになって、地元の書店にはない本と出合えるようになった。
どこかで聞いた本の名前を打ち込めば、一瞬で何か所かのネットショップがでてきて、すぐに買えてしまう。
もちろん中古だが、定価で買うよりも、本がずっと安く手に入る事も知った。なのでまとめて何冊も注文する事ができて、その本がうちに届くまで、自分で買っているのだがワクワクした。

仕事を減らしたり、辞めたりして
自由に使えるお金が限られた中でも、どうしても「自分の本」が欲しくて、
しばらくネットでそうやって古本を買ったり、ブックオフに行ったり。
今はメルカリなんかも便利。

先日、友達に本を贈るときに、普通に書店で買おうと思って
ネットでもなく、古本でもなく、久しぶりに本を数冊買った。

最近は、自分用に買うのは仕事もしていないからなんとなく後ろめたくて、
でも結局古本で何冊もまとめて買えば、定価の本の値段になるのだけれど
そこは都合よく目をつぶっていた。

だから、本当に久しぶりに後ろめたくなく、まっさらな新品の本を買った。

なんだか自分のものではないけれど嬉しかった。

今は、そういう付き合い方だけど、もしこれからまたある程度収入ができたりしたら、その時は自分用の本を前のように買える日が来るのだろうし、だとしても今のように古本もそれはそれできっと買うのだろうし、図書館にも時間をつくっていくようになるかもしれない。

これからどんな風に本と付き合っていくのだろうか。
街にある小さな書店どころか、大型書店が無くなっていくのは悲しいけれど、ある時ふと「こんなやり方で成り立つの?」みたいな小さな本屋さんもできたりしている。

諦めたり、仕方がなく、状況が変わったりして、いろいろな理由で終わる事もあるけれど、
無謀でも、いつまで続くの?と思われても構わず始まる事もある。

本は希望。私の永遠のエンターテインメント。

私の根っこにはずっと本がいて、たぶん10年後も20年後も30年後も
生きてる限り、形はかえてもそばにいてくれるだろうな。







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