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「豊穣の森」2010年頃の作品

まえがき
おそらくこの文章は2010年くらいに書いたものです。今からすでに14年も前、、20年くらい前から2011くらいまで私は寓話ともショートストーリーともいえるような文章を当時のブログに書いていました。これを整理のため「たかきたかシリーズ」と名付けます。そのなかからいくつかをこちらに転記して残しておきたいと思います。
この背景も趣旨もあえて触れません。(たかきたかシリーズ)


豊 穣 の 森


 -プロローグ-

リズミカルな音が聞こえる
モシリ、モシリという音が

身体の中に入っていく
緑色の光とともに入っていく

見上げると青い天井
そこへ高く高く階段が積みあがっている

見えないけれどもわかるのだ
どこまでも高い階段へ

そこに上っていく日がやってくるのを知っている
悦ばしく全てを捨てていくその日まで

私は食べ続ける
美しい光に満たされながら


豊穣の森 -1-

 とても気持ちのよいおひさまの光が私の青い体を透き通らせて通っていきます。下を見ると黒い土がありあたたかい蒸気が良い香りを運んできます。地面がぼやけて見えるくらいに高いところにいますが怖くはありません。
 茎はとてもどっしりとしていて倒れる心配はないし、私の足はしっかりと吸い付いて寝ても起きても落ちることはないのです。
 私はアオムシです。みずみずしい葉を毎日食べて生きています。大きな葉があちらにもことらにも生い茂り毎日びっくりするような速さで伸びていきます。私はじぶんがいくら食ようがどんどん豊かになっていくこの森に生まれて何の不安もありません。
 この緑の上を歩き回り葉を食べそのリズムが自分の身体に入ってきます。光が私を透かしていきます。清らかさと豊かさとが私の中で育って、そう私は知っているんです!必ず私はこの空に軽々と羽ばたいていくんだということを。
 この枝には私がいて、下を見ればほかの仲間がいます。とても張りがあってきれいな形をしています。何本か隣の枝にも仲間がいてうれしそうです。この樹に何匹の仲間たちがいるのか私にはわかりません。すれ違うこともめったにないのですが、私たちはお互いが仲間だと知っていて連絡をとりあっています。
 ガガ蜂がやってきたりしたら知らせ合うし、ひどい雨の時には下の方から仲間が登ってきたりします。そんな時にはもちろんお互いにかくまったり、自分の知っていることを教えあいます。弱くなった仲間の身体に張りがなくなってしまうこともあります。そんなときにガガ蜂が彼らを運んでいき自分たちの卵を産むのです。それもまた私たちの生活の一部であり私たちは受け入れています。
 しかし元気なときの私たちにガガ蜂が近寄ってきても、何もすることはありませんし、もし何かあっても私たちは簡単に追い返すことができます。彼らもまた森の仲間といえるのです。
 森はどこまで広がっているのでしょうか。私には見当もつきません。おそらくこの青いそらと同じように横にどこまでも広がっているのでしょう。このあたりの土は黒い。しかし話によれば赤い土のところ、水の多い土のところ、白い土のところもあるらしい。そのことを思うと身震いするほどの憧れを覚えます。

 私が今日は格別にやわらかくおいしい葉へと移って、深い青空を見ていた時のことです。はるかな下の方からチンチンと変わった音がするので、そちらを見ると。見たこともないような虫がゆっくりと登ってきます。私たちとは違って茶色っぽい色をしているのがわかります。時々あいさつに来るアラではないし、まだアフロムシたちが群れなしてくる時期でもない。ビッテにしては弱々しくて遅い動きだし羽もなさそうだ。珍しいお客さんに私は注意を向けていました。
 それは見たことのない虫でした。その虫は足が弱く動きがバランスがとれておらず、私の近くにやってきても足がガクガクと震えているのです。それに足先には見たこともないような爪がたくさん生えていて、なんと、植物の茎には点々と傷がついているではありませんか。樹が不機嫌な気持ちを私は感じ取りました。しかも肩のあたりは広がっていて、触角は太く、そうカミキリムシの一緒のようでもありましたが、私にはわからなかった。

 「こんにちは、バンコムシです。今日はぜひともお話を聞いていただきたく参りました」あいかわらずフルフルと不安定に震えながら彼は私を見ているのか見ていないのか、わからないようなにぶい輝きの両目をしていました。
「こんにちは」「こんにちは。立派な樹ですね。実は今日は樹のことでお話に来ました。向こうの茶色い土の土地の樹にはいかれたことがありますか。ないですね。あぶないですからね。道を歩いたりしたら、アリに襲われるかもしれません。ボンジが空から飛んできて食べられてしまうかもしれませんよ。それに大きなネギツというものもいて、地面を歩いていたら踏みつけられてしまいます」
 どうも彼は私をあまり見もせずに話を続けます。しかし私は茶色い土地についてはとてもひかれていたし何か聞けるかと思って、ゆっくりと首を回しながら聞いていました。

「このたびは、茶色い土地の樹の葉が食べられるという、耳よりのお話なんです。向こうの土の上の樹の葉は、こちらとは違ってやわらかい味がしますね。知らないんですか。そうですよね、無理もない。一生のうちに味わえるかどうかわからないそれが何枚も食べられるんですよ。」

 なんと!茶色い土地の葉が食べられるという話に心を奪われて、彼の話に聞き入った。

「おお、親切なバンコ虫さん、すごい話だね。あなたがそこまで連れていってくれるのかい?案内してくれるのかい?」

「いえ、そんなことをしたら危ないですし、遠くて帰ってこれるかどうかもわかりません。私の言うのはそういうことではないのです。茶色の土地の葉をここに私が運んできてさしあげるということです」

なんと、ここに居ながらにして葉が食べられるというのか!
私は催眠術にでもかかったかのように彼の言葉をうのみにし始めまし。ここで初めて彼の眠たげな眼が私を凝視し始めているのがわかりました。

「ええ、いままではなかったようなお話です。向こうのアオムシさんとこちらのアオムシさんがトリヒキするんですよ。私はあなたがトリヒキできるようにテレンを持ってきました。テレンというのはこの茶色い葉です」

彼は腐った葉を私の前に差し出したので私は思わずびくっとした。
それは茶色く菌糸がすこしたかっている古い葉であった。しかも嫌なにおいがしたので、思わず私は顔をそむけた。

「アオムシさん、これがテレンです。この辺りではとれない特別な葉っぱで作られていて、ここにテレンの印がついているのです。このテレンを持っていれば、あなたは森中の誰とでもトリヒキができるんです」

 まだまだバンコムシの話は続いていき、私は疲れながらも話についていこうとしました。すなわちバンコムシの言うことにはこういうことです。テレンを印として、他の虫たちが切り落とした葉をその代わりに受け取ることができる。そんな便利なテレンだが、私たちもまたこの黒い土の土地の葉を切り取って渡すとテレンを渡してもらえる。テレンで遠いところにいる仲間同士があげたり、もらったりしてとても便利なんだということです。テレンがたくさんあればたくさんの葉をもらうことができる。しかも茶色の土地だけではない、上流の白い土の場所の葉や、もしかしたら高地のバーブさえ味わえるかもしれないというのです。バーブ、あああこがれのバーブ。

「すばらしいでしょう。でお話と言いますのはね、このすばらしいテレンを特別に五枚、あなたに差し上げましょうということなんです。いかがですか。わたしたちバンコ虫は、これからずっと森中を回ってみなさんにこのテレンを配ってあるいて参ろうかと思っています。あちらのアオムシさんもこちらのアオムシさんもトリヒキができるようにね!いえいえこれが私たちバンコ虫のなんというか、生まれつきなんですよ。遠慮しないでください。さっそく一枚テレンをいただいて、葉っぱをもらってまいりましょうか。わかりました。では明日はガンボガンボがあなたにテレンを届けますよ。待っていてくださいね。」

豊穣の森 -2-

翌日アオムシは陽が出る前から、そわそわしてならなかった。
なんと茶色い土の森の樹の葉が届くのだ。

他のアオムシたちと連絡をとってみた。
すると同じ株のアオムシたちの多くをバンコ虫が訪れていた。

そしてみなテレンを受け取ってとても喜んでした。
こんなことは今までなかったこととバンコムシに感謝がささげられた。

考えてみれば便利なものではないか。
虫と虫がお互いにやりとりをすれば今まで食べられなかったものが食べられる!そう思いさえすれば今までだってできたのにやってこなかっただけ。それをバンコムシは気づかせてくれた。なんという偉いやつらだ。森の歴史に永遠に残るだろう。

太陽が昇り天を回り始めそして真ん中に達し、さらに下ってきたが
あまりの期待が大きく、多くのアオムシはふだんのように葉も食べずひどい喉の渇きにもかかわらず待っていた。

するとガンボガンボ虫たちの羽音が聞こえた。
彼らは長い脚に葉をはさんで飛んできたのだった。
一枚、一枚と葉が渡される。大きな葉がすぐ下のアオムシに渡された。
そして彼にも、小さな葉が渡された!

その葉のおいしいこと!切り後からは新鮮な樹液がしたたっている。
そして帰りには黒い森の樹の葉を大急ぎで切り取って、ガンボガンボに預けた。

ガンボガンボは送料を要求した。
ちょっとびっくりしたがテレンを一枚あげた。ガンボガンボにしてみても、すばらしいことをしたのだしテレンできっとよいことがあるにちがいない。彼らの顔がちょっと無表情なのが気にはなったが。

帰り際にガンボガンボが聞いてきた。「テレンはもらったのかい」
そうだというと「次はもらえないと思うよ」そう言うガンボガンボの顔はちょっと悲しそうだった。

しかしこのようなことが何度か繰り返されて、アオムシたちは自分の葉を二枚切り取ってガンボガンボに渡して、1テレンをもらい、1テレンをわたして、1枚の赤土の葉をもらった。なぜあげるより受け取る方が少ないか、という疑問もあったが、それより利益ははるかに大きくて、すぐに疑問を忘れてしまった。

アオムシたちは普段よりよけいに這い回り、葉を切り落としてガンボガンボたちを待つのだった。
特に問題は何もなかったし、いつもどおり青空はきれいで、豊かな樹の葉は減る気配もなかった。

テレンが少ないので、一度に二枚くらいしか葉をもらえないので、もっとたくさんあったらいいなあとアオムシたちが思っていたときだった。あいかわらず奇妙な歩き方で茎を傷だらけにしながらバンコムシがやってきた。

バンコムシはテレンをもっとたくさん持ってきたことを伝えたので、アオムシはとてもよろこんだ。そここそが彼の期待していたことだったから。
バンコムシはお願いがあるといった。
「テレンはたいせつなものなのです。そこでこうしたいのです。私たちはあなたたちにテレンを貸しましょう。お一人当たり百テレンまで貸しますよ。もっと貸してもよいですよ。そしてひと月後に返してほしいのです。」
「さて、テレンは作るのにとても手間がかかるのです。干さなければならないのです。私たちバンコムシもがんばっておりますが、たいへんなのです。そこで私たちの仕事にむくいてもらいたいです。100テレンにたいして返してもらうときには110テレンを。次の満月まで」

なに、借りたより多くを返すのか?そのためには葉っぱをたくさんきればいいのか?それはわけない。アオムシたちは思った。特にだからといって何も変わらないだろう。テレンを作るのも大変だといった。ならば私たちとおなじことだから。

今日もまた青い空、豊かな大地。ちょっとだけバンコムシが傷を残していったが、それもやがて治る。大いに汗を流し、おいしい葉っぱを食べる毎日。やがて空に飛び立つ日が来るまで。

豊穣の森 -3-

なにかしら、変わったことが起きている気はしたが、しかし大きな問題もないし、青い空はいままでどおり、それに瑞々しい食べ物が届ていた。
もう、茶色の土の樹の葉は頼むこともなくなっていた。そういえば二階層下の方のアオムシは元気がないようだった。身体の色が青くなりしわが寄ってきている。誰かがどうも葉に当たったらしいと言っていた。しかし調子が悪そうだがそういうことは一時的でたいていは良くなったからあまり気にはならなかった。バンコムシが次にやってきたときも特に問題はなかったのだ。私にとっては。私は良く動き回り、よく葉を切り落とし、良く食べ、青い空のある頂上まで登っていけるほど健康だった。110テレンを返したが、それでもなお50テレンが残るほどに私はよくやっていた。そしてまた100テレンを借りて、てもとには150テレンもある!今度は珍しい赤い葉をもらえるかもしれない。下を見るとバンコムシと病気の彼がしばらく向かい合って話しているようだった。バンコムシはやがて去って行ったが、彼はしばらく茎の上で動かずに静止していた。私は彼が良くなったらよいなあと思い、あらかじめ噛み砕いた葉口にいっぱいつめて彼を訪ねた。

彼を訪ねると、思ったよりも彼は調子が悪く、葉をとりに行くことができない。彼はテレンを返すことができなかったのだという。

返せないのか、では健康になってから返したらよいのだね。

いや、そういうわけにはいかないそうだ。

というと。

もし返せないと、私はもうこの枝にいてはならないそうだ。

この枝にいてはならないとは、どういう意味だろうか。

どこか別のところに行って、テレンを返すよう葉を切ったり別のことをしなければならないというのだよ。

別のところ?どういうことだろう。それに身体が治らないと何もできない。テレンなんかどうでもいいよ、もう断ればいい。

いや、それはできないらしい。

よくわからないな。あんな親切な人たちだから、やめるといえばそれでよいだろうに。

それどころか、この枝はもうバンコムシたちが使うらしい。

私たちが話しているとそこにバンコムシがまた音をたててやってきた。やあ上の階のアオムシさん、こんにちは。いつもありがたいね。ところでこの方に用事があるのです。どうぞいっしょにいらっしゃい。その体では大変でしょう。手伝ってくれる仲間がきましたよ。見るとバンコムシといっしょにやってきたのは蜂、ガガ蜂が二匹いるではないか!

いやいや心配しなくていい、彼らがあなたを運んでくれるだけ。心配しなくていいんだよ。バンコムシの足の爪が枝に食い込んで、樹皮が破れている。どれほど鋭いものなのか、私は今気が付いた。

さあ! 
ガガ蜂たちが両側から弱ったアオムシをつかむと、吸盤をひきはがして、空へと舞いあがった。耳障りな羽根の振動、彼が弱弱しく尾をひねっているのが見えた。

バンコムシは私に向かってほほ笑んだ。良くなれば戻ってくるからご心配なくね。まあ、誰にでも運命というものがあるからは逆らえないわけだ。

そういうとバンコムシはまた音をたてながら下に降りて行った。彼がぎくしゃくしているのはその体が重たいからなのだ。
この日に正確にはわからないが、何匹かの仲間たちが、見えなくなっていった。

なぜだろうか、よくわからないのだが
仲間は減っていくのでちょっと怖いこともあった。
時々食べ物がやってくるし、森の中の様子を話してくれる
メンボのような虫もテレンをわたせばやってきた。
こういうものなのだろうかと思いながらアオムシは一日を過ごしていた。

それに夜はなぜかぐったりと疲れてしまった。
きれいな青だった皮膚の色があせてきているのも気になった。
どうしてなんだろうか昔よりひどく忙しくなった気がする。
以前は自分の食べる分の葉を食べたらよかった、それだけだった。
ところが今はそれ以外に他の虫のために葉を切り出さなければならなくなった。

ほかの虫たちも忙しくなったようだ。
葉っぱが亡くなっていく速度も上がったようだ。
そして動けなくなった仲間が時々消えていくのだ。

それに前は2枚の葉を渡せば1テレンを受け取ったのに
いつのまにか3枚を渡さなければならなくなっていた。
聞くところによると次の新月からは4枚になるのだという。
それでは返すことができなくなりそうではないか。

もう朝から必死という感じで葉を切り集めるようになったその時だった。
バンコムシがカブトムシの背中にのってこちらのほうに飛んでくるのが見えた。

「みなさん、みなさん。いつもテレンを使っていただきありがとう。さて私たちバンコムシはテレンがみなさまにいきわたるように努力をかさねてまいりました。しかしテレンが不足してみなさまにお貸しできる量が減ってきています。つきましては次は三日月の日までにいったん全額をご返済くださるようお願いします」

テレンを三日月までに返す…。それは無理な話だ。
あと4日のうちに120枚もそろえることはできない。
しかし、もしそろえられなかったら、と彼の頭の中には
連れて行かれるときのガガ蜂とアオムシの姿がよみがえった。

彼は暗くなってまでも必死に葉をちぎり続けた。
自分がろくに食べられていないのも気づかないほどに。
三日月の日がやってきた。

いつもは昼過ぎからくるバンコムシは、朝も早くからやってきた。
そしてバンコムシの仲間たち、それになんとガガ蜂の群れがいくつも青い空を旋回しているではないか。

あたり中の仲間たちのところをバンコムシが訪問している。
そして見る間に何匹もが連れ去られている!
ついに私のところにもやってきて、バンコムシは葉の枚数を数え始めた。
100,110,120、ふむ…いたんだ葉は受け取れないが、しかしたしかにありますな。たしかに返済をしてもらいました。
では、次は満月までですよ。120テレンをお貸ししましょう」

「待ってくれ。バンコムシさん。私はもう返すことができない。もう借りたくもないから、やめるよ」

「何、やめる? しかしねアオムシさん、もしテレンがなかったらあなたはどうやって食べていく? あなたには体力も残っていないようだ。それにこのあたりの葉は、すべて返すことができないアオムシさんの借金のかたになって私たちがいただくことになっているんですよ」
「それにアオムシさん…」
「あなたの弱りようでは、ガガ蜂たちが来ても振り払えるのかな?今までどおりおとなしく借りるのが身のためだよ」

テレンを置いて、今やぼろぼろになった森をあとにしてバンコムシたちは帰っていった。たくさんいたアオムシたちもいまは数えるほどしか残っていない。そして残っている一部の元気な樹はバンコムシのものでアオムシが葉を食べてはいけなくなっていた。

豊穣の森 -4-

かつて豊穣なる樹木の生い茂っていたところ
そこには今もまた同じ樹木が茂っている。

そこはかつて誰の持ち物でもなく
ただ与えられたものでありアオムシたちが天へ飛び立つ
まで大地に育まれる場所であった。

ところが今そこはアオムシが入ってはいけない場所となった。
唯一バンコムシたちが許可を得て労働するためのアオムシたちの一群が入場を許可されるだけであった。

アオムシたちはそこで葉を切り製品化する。
しかしアオムシたちはその新鮮な葉を一口たりとも飲み込むことはもはや許されていなかった。
すべてが森の遠くの…あるいはもっと別の森へと運ばれるのだった。

アオムシたちは労働が終わると地面へと下り、長い道を歩いて腐った草で作られた家へと戻るのだった。

そこでは乾燥して菌類もこびりついたような葉が食事として与えられる。彼らの労働の代償として。彼らはいつも借金をしておりその返済のために朝から晩まで労働を強いられる。

その菌類のついた餌のために病気になるものも多かった。ガガ蜂の卵の温床になるか、一部の幸いなものはさらに多くの借金との肩代わりに農場でとれた新鮮な葉を与えられる。(これは以前は無尽蔵に食べることができたものだ)

アオムシたちは天へと自由に羽ばたくために生まれてきた。

今でも彼らは時期がくればある満月の夜にチョウとなる。
しかしそのあとが昔とは少し違っている。

産み付けられた卵は、小さな運び屋の虫たちにより丁寧に採取され、すべてがシックールへと集められる。
シックールではミニアオムシたちは生まれるとすぐに「教育」をうけることになる。いわくムシはもともと大地の上を歩くようにできている。ところがアオムシはすべて天に飛び立つという衝動に駆られる時が来る。そのような衝動は罪であり、お前たちをはぐくんできた大地を裏切るものだ。天に飛び立つという欲望を抑えられないのは根本的な罪である。チョウになるとはなんと醜いことか。恥じるべきことか。そして交わい卵が産み落とされるとはなんと恥ずべきことか。

大地なる神はお前たちを憐れんで大地の上で卵を産むことを許された。神の定める草の上で卵を産み落とすがよい。もし草の上で産み落とさないならば災いが下るであろう。

このようにミニアオムシのころから教え続けら、アオムシたちはチョウに変態した後も、激しい苦しみを味わう。内側からこみあげる天性は彼らを大空に羽ばたかせようとする。しかし教え込まれた罪の意識が彼らを天から地面へと叩き落とすかのように、弱々しく羽ばたいただけで、地面に止まって交尾し、力ないまま、羽も強さを蓄えないままに命を絶えるものが多くなっているのだ。

アオムシたちが大きくなるとココロギやギリスリキが毎日やってきては外のことを伝える。いわく赤い土の谷のアオムシたちはおまえたち黒い土の国のものたちの葉っぱが少ないと怒っている。お前たちの葉っぱが売れないようにボイコットをしている。さらにガガ蜂をたくさん雇って、この国にめがけて放とうとしている。うんぬん。それが本当かどうか確かめる方法は何もない。

いまやどこもかしこも、バンコムシとその一族の「持ち物」になり空さえも自由に飛ぶことは許されない。地面は借金を返済するための労働をしている限りにおいて貸し与えられるだけなのだ。

土地もなく、教育も奪われ、お互いに敵対しあい、さらにそれを信じて自らバンコムシに協力して教育をしたり、他のアオムシを脅したり規制したりするアオムシも少なくない。

かつて自由というものがあり天を自由に飛び回り、さまざまな土で育ったチョウたちがダンスし、喜び合うことができたことなど、思い出すことさえなくなってしまったかのようだ。

なんということであろうか…

5へ
http://astri.269g.net/article/15433237.html

豊穣の森 -5-

気が付くと私たちはそこにいた

せせらぎがすぐ下をながれる土の上に、やわらかいサンショウが生えていた。
私たちはその小さな葉をよろこんで食べて食べて大きくなった。

頭の上には藁がかぶさっていて、まぶしい日差しは入ってこなかった。上から見ると隠れて見えないようになっている!

私たちはなぜそこにいたかわからなかった。ただなぜか内なる声が鳴り響いていた。

大空で自由に踊りなさい!

私たちは大地の上で恐れることもなく食べ太り夢見てきた。
ある満月の夜私たちは羽化した。

そして大空へと飛び立った…

そして見たのは奴隷たちの姿だった。
小さな腐った草の家に閉じ込められたアオムシたちは
毒をもった葉を食べさせられていた。

せっかく羽化しても飛べないものたちをみて涙がとめどもなく流れ出た。

さらに私たちは見た。黒や茶色い土地の樹木の葉がたくさん噛みとられ外へと運ばれていくのを。
その葉は世界でももっとも貴重な食べ物として多くの虫の国で、土地や、毒虫や、麻薬きのこなどと交換で売買されているのを。

私たちは黒い土の上で自由に生きていたアオムシの父と
赤い土の上で優雅にチョウとなった母の姉妹兄弟だった。

天と地の間で自由であった父と母から生まれた子供たちだと。

もともとこの大地は誰の持ち物でもない。

幻想のとりこになり労働をしつつ死にむかって行進しているアオムシたちよ
その深い心の奥底でいまも瞬き続けている愛と自由よ

私たちの故郷をとりもどすため
そして仲間たちが自らをとりもどすまで

私たちは子孫を残し伝えていこう

土地も食べ物も空もそして教育も宗教も
すべてが支配されてしまい

虫たちはばらばらになって憎み合うようにしむけられている
生まれた時から条件づけをされつづけている

自分を取り戻すことは不可能なことのようにさえ思える
あまりにも敵は強大に見える

だが…

エピローグへ
http://astri.269g.net/article/15433257.html

豊穣の森 -エピローグ-

匂いかぐわしい大地
余りある樹木が覆い尽くす豊穣の大地

私 アオムシはそこで仲間と暮らしていた

私たちには余りあるほどが与えられ
私たちは喜びという言葉さえ知らなかった
すべてが喜びであったから

私たちは豊穣の大地から
めまいがするほどの高みへと旅立つ一族であった

すべての土の上からいっせいに舞い上がった蝶たちの
激しい愛のエクスタシーよ

そのなかで私たちは自分が自由であること
自由という言葉さえいらないことを知っていた

天は私たちのものだ

そしてそうであるからこそ

私たちはすべてを失った
私たちは奴隷となり

自分自身を汚れたものと否定し
病におかされるようになった

それは再び
めまいするほどの高みにいた私たち自身を
思い出すためだ

そのために私たちはいたるところで
あらゆるものを通してあなたに知らせ続ける

あなたの素晴らしさを
あなたの創造性を

あなたの中の愛を
自由を
真実を

いかなる苦しみのなかにあっても
わすれないでほしい

私はあなたとともにいる
けっして離れることはないことを


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