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資源を見つめなおす_天草陶石

昨年7月。嬉野の渕野陶磁器原料さんを訪れたときのこと。
とある天草陶石に出会いました。「縞石」と呼ばれる、鉄分の黄色味を帯びた縞模様の石です。

縞石

石を見ていた私に渕野さんは「1400万年前にマグマの熱水活動により地下水が岩の中を流れた。縞模様はその水が動いた跡だよ」と教えてくれました。1400万年前…縞石が辿ってきた時間を想像し、その縞模様にとても心が動き、地球の動きにロマンを感じたことを今でも覚えています。太古の昔と今ここにいる私がつながった瞬間。

縞石の歴史を辿り、縞石の力強さに、そして太古の昔を感じさせる縞石が持つ時間の流れに魅力を感じ、「縞石を使って器をつくりたい」と思うように。縞石と出会ってから1年以上が経ちました。ようやく2022年10月12日に「TRACE」として発売開始します。今回、天草陶石のリサーチを通じて知ったこと、見たことを紹介します。

天草陶石について

そもそも肥前地区の焼き物の原料になっている天草陶石とは?
夏の終わりに天草に足を運び、実際に陶石場を見学してきました。
 
天草陶石は磁器の原料となる鉱物で、古くから佐賀・長崎のやきものに使われてきたほか、近代以降は電柱の絶縁体として使用される高圧碍子(こうあつがいし)の原料としても用いられています。天草陶石が一つの産業に発展したのは江戸時代と言われています。
 
世界的に見ても品質が安定した陶石を採れるのは熊本県の天草ぐらい。とても貴重な陶石で波佐見焼の多くは作られています。現在は上田陶石合資会社、木山陶石鉱業所、共立マテリアル株式会社の3社で天草陶石を採掘しています。

天草下島の西部に伸びる鉱床から陶石は掘り出されています。昭和の終わりごろまでは坑道を掘って陶石を採掘していましたが、現在は掘る技術を持つ人が途絶えてしまったため、採掘用の重機を使用して山の頂上から石を剥いでいます。
 
実際に陶石場で働く方から聞いたお話では、高い等級の石を見つけたときは嬉しく、仲間たちに「いい陶石が取れたよ」と報告しあったりするそうです。

山から石を採掘した後は、人の手によって陶石と岩石がより分けられ、石の等級によって選別していきます。選別するためには経験が必要で、瞬時に石をより分けていく陶石場の方々の職人技には脱帽しました。私たちが普段使っている食器も、もともとは陶石場で人の手によって掘り出され選ばれた石。一つの物がどのような過程で私たちの手に届いているのか、少し想像してみること、知ろうとすることで物に対する価値観が少し変わるのかもしれません。

縞石と脱鉄スラッジ

冒頭で紹介した縞石についてのリサーチを深めるにつれて、「縞石は陶石の中で等級が低いとされ食器にはあまり使用されない」ということが分かりました。その理由は「鉄分が多く、耐火度が弱い」から。"鉄分が多い"と焼いたときに雑味が多い仕上がりになり、"耐火度が弱い"と焼いてるときに形が変形してしまうというデメリットがあります。 

昔から献上品を生産していた有田焼・三川内焼など肥前地区では真っ白なやきものが求められてきました。その名残は今でもあり、縞石のような鉄分の多い石は、“特上”の石(鉄分を含まない真っ白な陶石)と比べると石のランクが低く扱いにくいゆえ、肥前地区ではあまり使用されない傾向にあります。

しかし、特上の石は昔と比べるとあまり採掘できなくなってきています。特上は現在、天然物で1~2%しか取れないといわれています。

白い石が取れなくなる、資源が枯渇することへの心配から昭和50年には「脱鉄」という鉄分の多い石から鉄分を取り除き、白い石を生み出す技術が開発されました。

(左が脱鉄前、右が脱鉄後の陶石)

脱鉄の中で取り除かれる鉄分を「脱鉄スラッジ」と呼びます。脱鉄スラッジは産業廃棄物として多くは廃棄されてしまいます。この脱鉄スラッジを何とか再利用できないかと思い、TRACE / Whiteの釉薬に脱鉄スラッジを混ぜ込み使用しました。

(脱鉄スラッジ)
(TRACE / White)



資源・人

天草陶石の埋蔵量は豊富で、その量約100万トン以上と言われています。今のところ資源枯渇の心配はないとされている窯業原料です。しかし、現在天草で掘られている鉱脈の切羽(きりは/陶石が山肌から出て、採掘している場所)以外の部分を新たに採掘するとなると、膨大なコストがかかるため、かかるコストと採掘したときの利益を天秤にかけて判断する必要があるとのこと。資源があるからといってやみくもに掘れるというわけではないというのが実情です。

資源枯渇問題と同時に、後継者不足問題も天草陶石を考えるときにポイントになってきます。
 
陶石場の方に聞いた話では、石の等級を見極めれるようになるまでに10年近くかかるそうです。採掘業に関わる多くは60代で、若手はほんの数人。今後、陶石の採掘を続けるために後継者を育てていきたいという願いはあるものの、下の世代まで産業が続くのかということを考えたら後継者を入れることにも不安を感じるとお話されてました。天草陶石を採れる人がいなくなったら、原材料の多くを天草陶石に頼っている波佐見焼はどうなるのでしょうか?

資源の有限性と、人間的なキャパシティの限界。まだまだ先の問題のように思えますが、10年以内に起こりうる、今から私たちが考えていかなければならない窯業の課題です。

縞石に魅せられ、天草陶石のリサーチから始まった今回の商品企画ですが、資源を見つめなおすことを通じて、さまざまな課題点が見えてきました。課題解決に向けて自分たちにできることを少しずつ実践していきたいと思います。


マルヒロの一歩②

以前サラフチの記事「未来のものづくりについて話そう~B品・産業廃棄物編~」のマルヒロの一歩①にて、マルヒロのサスティナブルな取り組みを紹介しました。記事公開から1年半。できることから少しずつ新たな取り組みを始めました。


やきものビーチの砂浜

(Photo:Kenta Hasegawa)
(Photo:Kaoru Yamada)

マルヒロの私設公園「HIROPPA」内のやきものビーチの砂浜は、波佐見全体で集まったやきものの廃品を細かく砕いて研磨した砂を敷き詰めて作っています。

スケボーレーン

マルヒロのヘッドオフィス「KOUBA」の外装にやきものの廃材を使用しております。KOUBA前に併設されているスケボーレーンのバンクへの階段は窯道具やレンガ、波佐見焼の陶片など廃材を砕いてセメントに混ぜ固めたテラゾーでつくられています。


AGC BRIGHTORB®

BRIGHTORB®とは、AGC株式会社が開発し製造する3Dプリンタ用セラミック造形材のこと。
 
通常、焼き物は石膏型を使用し生地成形を行いますが、「BRIGHTORB®」は3Dプリンターから生地が出力されるため、石膏型を制作する作業や、生地成形の工程における手間が省け、また、形状の自由度も上がります。
職人の高齢化や石膏型の廃棄問題など、焼物業界が抱える課題の糸口になるかもしれません。
 
Edited by:衞藤

400年続く焼き物の町、長崎県波佐見町を拠点に、有限会社マルヒロが運営するカルチャーメディアです。 波佐見町のひと・こと・長崎についてなど、マルヒロから広がるつながりを、ときにまじめに、ときにゆるくお伝えしていきます。私たちを取り巻く日常を一緒に歩いてみませんか?