火星探査の歴史 前編
現在、火星では地表を走行して探査をするローバー3台と火星の周りを周回するオービター6台が運用されており、私たちは詳細な火星の映像を得ることができています。しかし、つい50年ほど前までは火星の表面の様子はよくわかっておらず、火星人が運河を作っているという説が真面目に議論されていました。本記事では火星探査の苦難と挫折の歴史を追っていきます。
黎明期
20世紀半ば時点では火星に生命が存在するのか、火星がどのような環境であるのかわかっていませんでした。火星には高度な知的生命体が存在し、火星中に運河が張り巡らされているという説も一定の支持を収めていました。望遠鏡の精度の向上によって運河の存在は確認できないと主張する天文学者も増えてきましたが、その確証は得られませんでした。そこでこの対決に決着をつけるため、火星に探査機を送り込み、表面写真を撮影することが期待されました。そして当時冷戦状態であったソ連とアメリカはそれぞれ探査機を送り込む計画を立てました。
マリナー計画
マリナー計画は太陽系惑星(火星・金星・水星)に接近して調査することを目的として、1962年から1973年にかけてNASAが行った計画です。合わせて10個の探査機が打ち上げられました。
マリナー4号
1965年に打ち上げられたマリナー4号は火星への接近を果たし、初めて地球以外の惑星の表面映像を撮影することに成功しました。送られてきた写真に写っていたのは運河ではなく、月と同じようなクレーターに覆われた大地であり、人々に大きな失望を与えました。
マリナー6号・7号
続くマリナー6号と7号は大気分析と表面の広範囲の撮影を行い、火星全体に張り巡らされているような運河は見られないことを確認しました。こうして火星に運河があるか否かの論争は決着を迎え、さらに気温や気圧も低かったことから高度な知的生命体もいないであろうと考えられるようになりました。ただ、この探査ではオリンポス山やマリネリス峡谷は捉えられておらず、もしこれらが発見されていたらもう少し論争が続いていたかもしれません。
マリナー8号・9号
マリナー7号までは火星には接近したもののその周回軌道には入っていませんでした。マリナー8号と9号は初めて火星の周回軌道への投入を目指した探査機で、9号は実際に周回軌道への侵入に成功しました。侵入後1ヶ月間は火星が砂嵐に覆われており、表面の観察を行えませんでした。
やがて砂嵐が収まるとマリナー9号はオリンポス山をはじめとする巨大な山々や巨大な峡谷、太古の河川の跡などを発見し、科学者たちを驚かせました。そして、火星全体の写真を撮影したことで全球地図がつくられたほか、衛星のファボスとダイモスの写真も撮影しました。
マルス計画
マルス3号
マルス3号は1971年にソ連が初めて火星軌道への投入を成功した探査機で、周回衛星と着陸機から構成されています。不幸なことにマルス3号の到着時には火星表面は砂嵐に覆われており、地表面の写真は数枚しか送ることができませんでした。また、マルス3号の着陸機は初めて火星地表面に到達することに成功しましたが、20秒しか動作することができず、送ることができたのは不明瞭な写真1枚だけでした。
マルス4号・5号
マルス4号は火星軌道への投入は失敗したものの、火星を通過する際に表面の写真の撮影に成功しました。続くマルス5号は1974年に火星の周回軌道に投入され、複数枚の写真を地球に送ることに成功しました。
フォボス2号
フォボス2号はマルス計画の探査機ではありませんが、ソ連の火星探査計画の中で最後の成功した探査機です。火星と衛星フォボスを探査することを目的に打ち上げられましたが、フォボスに着陸する前に通信が途絶えてしまいました。しかし、それまでの間に複数枚の写真を送ることには成功しました。
バイキング計画
マリナー計画の大成功により自信をつけたNASAは次は火星表面に探査機を着陸させることを目指しました。そして1975年に全く同じ型式の2機の探査機を打ち上げました。安全な着陸地点を慎重に探した結果、1976年にバイキング1号のクリュセ平原への着陸を成功させました。着陸後バイキング1号はすぐに高解像度の写真を大量に送信するのに加え、質量分析計やX線蛍光分析計などにより土壌中に微生物がいないか調査を行いました。残念ながら生物の痕跡を発見することはできませんでしたが、送られてきた高解像度の写真は様々な新しい知見を与えてくれました。
バイキング2号は1号が着陸した約1ヶ月後にユートピア平原に着陸し、多数の写真を撮影しました。
マーズ・グローバル・サーベイヤー (MGS)
マーズ・グローバル・サーベイヤーは1996年に打ち上げられたNASAの火星探査機で、2006年まで運用されていました。搭載されたMOCと呼ばれる高解像度のカメラにより、三角州と思われる地形やアウトフローチャネル、ガリーといった昔火星に液体の水があった証拠が多く発見されました。MOCにより撮影された写真はのちに打ち上げられる探査車(ローバー)の着陸地点の選定にも利用されています。
また、MGSにはMOLAと呼ばれるレーザー高度計が搭載されており、この機器により取得した標高データから火星全体の標高マップが作成されました。図9に示した地図もMOLAのデータを元に作成したものです。この地図は現在でも広く活用されています。
参考文献
[1]NASAホームページ
[2]Don P. Mitchellホームページ
[3]Newtonムック (2009)「火星の科学入門最新版 火星 赤い惑星の46億年史」
[4]鳫 (2018)「火星ガイドブック」恒星社厚生閣
[5]Malin Space Science Systemsホームページ
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