映画「ターミナル」のような話 / モルディブ空港編
ビザの切り替えのためにモルディブから一時的にスリランカへ出国し、また新しいビザでモルディブに再入国する際のすったもんだのお話。
スリランカ珍道中が終わって
さぁ、モルディブに帰るぞ。
コロンボの空港は、ちょっと暇つぶしが難しい。
改装中だったのもあり、心躍るものがほとんどないからだ。
なんなら、ちょっとしたカフェすらもない。
それから荷物検査などがとても混む。
なので 早々と出国カウンターに並んで 居心地のよい場所を見つけて 居眠りしながら飛行機を待つのが良い。
飛行機が到着し案内に従って飛行機に乗り込むと、
へそ出しのサリーみたいな制服のスリランカ航空のCAさんが
「あぃぼわぁ~ん」と両手を合わせてセクシーに挨拶をしてくれる。
シートに座って直ぐにCAさんに「ブランケットをください」とお願いする。
海外の飛行機あるあるかもしれないけど、スリランカ航空は死ぬほど寒い
できるだけ早めにブランケットを貰っておかないと、いつまでたっても持ってきてくれないのがスリランカ航空。
(以後、マイブランケットを持参するようにしている)
席に着いたらいつものように、シートベルトをして早速眠る。
「…ス。ミス!」肩を揺さぶられて目を覚ます。
いつの間にか離陸していた。
顔を上げて声の方に目をやると、ラップに包まれたサンドイッチを差し出すCAさん。
(そこまでしてサンドイッチを… )
お腹は空いてなかったからサンドイッチをバッグにしまった。
モルディブ到着
窓の外に綺麗な青の迷彩の海が見え始める。
ネイビー、ターコイズブルー、ミントグリーン、様々な青や青緑の海と島が見えてくる。
「モルディブ」とは「真珠の首飾り」と言う意味が大昔の言葉が語源だと聞いたことがある。
いつの時代からそう呼ばれているのか分からないけど、そんな大昔に、
一体誰が空からこの国を見て名付けたんだろうと不思議でたまらない。
実はナスカの地上絵くらいのミステリーだと思う。
まさかの入国拒否
到着し、いつものように入国する。
顔見知りのスタッフが「Hi マリー」と挨拶してくれる。
入国審査官のイマッドが「おかえりマリー」と言いながら書類にスタンプを押そうとした手をふいに止めた。
何度か書類を見直して、どこかに電話をかけはじめた。
「エ ミーヘ ナンバルタファートゥワーニ」
そのディベビ語のフレーズで「あら?これはやばい」と察した。
どうやら何かの番号が違うらしい。
「マリーごめん、あっちで待ってて」
15分くらい待っていた。
その間に職場のマネージャーに電話をかけて「何やらプロブレムだ」と伝える。
マネージャーは笑って「HAHAHA No problem」といい、「いや、プロブレムなんだってば」と状況を説明すると、調べてみるから言われた通りにしといてと電話を切られた。
さらに30分。
もう、旅行客は誰もいない。
なんなら入国審査のスタッフもセキュリティも誰もいない。
(どうしたものかな… )
ぼーっと考えていると軍隊みたいな制服のセキュリティ2人とイマッド、それともう1人、知らないスーツのスタッフがこちらにやって来た。
「君のパスポートナンバーとワークビザに書かれたパスポートナンバーが違うので君は入国できないから、今からスリランカに強制送還する。クレジットカードはあるか?」と聞かれた。
(これはガチのやつやん。笑い事じゃないやん)
(明後日のウェディングはどうしよう)
仕事に穴が開けられないことが最優先で頭の中グルグルして咄嗟に50ドルだけ持っていると嘘をついた。
「50ドルか…」そのスーツの真面目そうなスタッフが少し考えると、イマッドがフォローをしてくれた。
「50ドルじゃ日本人はスリランカに戻ってもホテルも食事も出来ないですよ」とこっそり私に目配せをしてくる。(イマッドやるやん)
「そうだな。。よし、保留!」
「君はこれから一旦。空港収容施設に勾留する」
なんですと?
…勾留?! なんそれ?
言われた通りに、両腕をセキュリティにがっしり捕まれ、そのまま今まで行ったことのない空港の裏側に連行された。
知らない世界
連れて来られた空港の裏側にはいくつかの扉があり、セキュリティが待機をしていた。
最後の扉を抜けると、物置きみたいなカビの匂いのする部屋だった。
そこから更に奥へと進むと広いリビングのような場所にでる。
真ん中にリビングがあり、その部屋を囲むように各小部屋があるらしい。
「ここに居るように」ベッドとシャワーとトイレがあるだけの簡素な小部屋をあてがわれ、荷物を置いたらこっちへ来い、とセキュリティは私をリビングのソファに座らせ、どこかへ消えていった。
リビングにはテレビがあり、小さなキッチンがある。
窓もある。
端に置かれたダイニングテーブルと、反対側にもいくつかソファがあり、そこには見た感じバングラデシュ人かな?と思うおじさん達が5~6人、静かに小さく座っていた。
しばらくすると空港スタッフが入ってきて※サーボーンをしだす。
(なるほど。ここはスタッフの休憩所にもなってるのね)
少しして、イマッドが他の顔見知りのスタッフを連れて入ってきた。
「マリー? なにやってんだよー」笑いながらこれからの話と、ここが何なのかを説明してくれた。
「ここは、入国審査に問題のあるゲストを審査するまで留めておく場所でジェイル(刑務所)ではないから安心して」
「マリーはビザが書き直されたらすぐ出られるから大丈夫だ」と慰めてくれる。
それからまたイマッド達は仕事に戻り、私もあてがわれた部屋に戻ると、「なんとかなるよね」と、ベッドに仰向けになった。
バングラデシュ人のおじさんたち
さっき飛行機で中途半端に寝たからか、いつの間にかうたた寝をしていたらしい。
我ながらよくこんな状況で眠れるなと呆れてしまう。
リビングにはコーヒーや紅茶が置いてあって、好きに飲んでいいからねと言われていたことを思い出した。
コーヒーでも飲むか。
リビングに行くと、さっきのバングラデシュ人のおじさんたちは緊張の面持ちのまま、さっきと同じ場所に座っていた。
空港でゲストを待っている時、よく見かけていた光景。
モルディブには出稼ぎのバングラデシュ人がたくさんいる。
彼らは劣悪な環境で寝泊まりし、ひたすら辛い労働をしている。
私たちには考えられないような長い契約期間で滞在している。
そして、遂にその長い契約期間を終えて国に帰る日が来ると、髪を整え、真新しいシャツを着て、でも足元は安いビーサンを履いて、紙袋一つ、ボストンバッグ一つ。
仲間に見送られてキラキラ晴れ晴れした顔で帰っていく。
そして、その時 交代なのか、新しく到着する者もいて、彼らは緊張した顔で着の身着のままのような服に、薄いボストンバッグひとつ。
でも、足下は真新しい皮のサンダルを履いていた。
きっと彼らの一張羅なんだろう。
私はその風景を、なんだかいつも切なく思っていた。
この部屋の入口には真新しい皮のサンダルが置かれていた。
バングラデシュ人のおじさんたちは、私のように何かの間違いのために
ここにいるのだろう。
言葉もわからず、きっと何が起きているのかわからないまま、ここにいるのだろう。
なんだか可哀想になってくる。
思い切っておじさん達に「お茶はいかが?」と声をかけてみる。
ドキッとした顔でみんなは私を見ると顔を横に傾ける。
なんだ。いらないのか。
(ん?まてよ?これはインド人がよくやる動き。どっちだろ。Yesなの?Noなの?)
お茶のカップをもう一度掲げて (飲む?) と聞くと、首を横に一振傾ける。
(面白い。どっちよ?どっちなのよ? バングラデシュもインドと同じなの?)
カップを掲げて飲む仕草をして (どうよ?) の顔をする。
おじさん達が笑いながら首を振る。
(80パーくらい、Yesだと思うけどやっぱりわからん)
最終的に口頭で「Yes?」と聞くと「Yes」と首を振る。
(あー やっぱり Yesだった )
みんなの分お湯を沸かして不揃いのカップに紅茶を用意すると、ここの主かのようにおじさん達に配った。
さっきまでの強ばった顔はもうどこにも無い。
よかった。
自分はインスタントのコーヒーを淹れて、ダイニングテーブルに座り、携帯でマネージャーに電話をかける。
でない。
しかたなく持っていた小説の続きを読んでいると、別の小部屋の扉が開き、中から背の高い白人のおじいさんが出てきた。
ジョン神父
おじいさんと言うには少し若く、おじさんと言うにはすこし年配のその人は、私に向かって明るく挨拶をしてくれた。
私と一緒にテーブルに着くと、明るい青い目で私をまっすぐ優しくみつめ、色々尋ねた。
(綺麗な英語だなぁ。なんだか諭されている気分になる。)
何故ここにいるのかをお互い話し始めた。
彼の名前はジョン。南アフリカから来たらしい。
もう2日もここにいるらしい。
「どうしてここに居るかはわかっているの?」尋ねると深いため息を着いて「Yes…」と言う。
彼はキリスト教の神父さんだった。
モルディブへはアジア圏を旅した後に立ち寄ったらしい。
手荷物検査で聖書がみつかり、宗教的な容疑がかかっていて拘束では無いがなぜか軟禁されているのだという。
モルディブは他のイスラム教の国より自由に見えるけど、100%ムスリムだから、少し難しい問題だよね。と慰めてみる。
ジョンは、「私はキリスト教の神父ではあるけれど、他の宗教を侮辱したりはしないよ」と静かに話す。
それからジョンとしばらく、この件についてや、彼の国の面白い話、私がモルディブで働く事になった経緯や色んなことを話た。
家族の話になった時に、とても悲しい顔をして「没収された聖書に、家族の写真を挟んでいたけど、それも返して貰えないんだ」と言う。
にこやかにしているけど、さすがに疲労を感じるジョン。
少し休んだ方がいいよと言うと、そうだね、と部屋に戻った。
結局、夜が来た。
今日で何とかなるかと思っていたけど外も暗く、お腹も空いた。
マネージャーからはまったく連絡がない。
あいつ、今度会ったらどうしてやろうか。
みんな、いつからいるのか分からないけど、少し慣れてきたのか部屋に戻ったりソファに寝転んでいたり、それぞれの時間を潰していた。
ふと、バッグにサンドイッチがあることを思い出す。
でも、みんなと分けるほどはない。
でも、今、とてもお腹がすいている。
あぁ、お腹がすいていると思ったら絶対的にお腹がすいてきた。
(神に試されているのか)
悩んだ末、サンドイッチをバッグに戻す。
ちょうどマネージャーからの電話が鳴った。
「ごめんねー。わはは。パスポートの番号間違えちゃってたよ。あはは。今日は受理されなかったから明日の朝イチで申請し直して出来上がったら直ぐに書類を届けるからね。頑張れ」との事だった。
ふつふつと湧いてくる怒り。
こやつ。まじで、次会ったらどんな嫌がらせしてやろうか。
コノヤローと思いながらも、書類を受け取った時にちゃんと隅々チェックしてない私も悪いと思い直す。
行き場のない怒りが、お腹が空いているからだと気づく。
「お腹がすいたよー」電話越しに愚痴った。
口に出したらなぜか涙声になった。
自分でも驚いた。
お腹が空いて泣くなんて人生初の経験だ。
「NO problem!Don't worry」と元気に電話が切れた。
くっそーぅ、あんニャロメ!!
目が潤む程度半泣きして、そのまま不貞腐れてベッドに横たわると、
開いたドアをジョンがノックする。
「クッキーあるよ。おいで」
「………… ジョーーーーーーン!!!」
リビングに出ると、クッキーの箱にみんなが群がっていた。
やっぱりみんなお腹が空いていたらしい。
よかった、サンドイッチ独り占めしなくて。
飢え
クッキーがこんなに美味しいとは!
クッキーと言うか、サブレみたいなサクサクしたお菓子だった。
ジョンは甘いものが大好きらしく、いつもおやつを持っていると言っていた。
それからジョンが不思議そうに、「いつもはちゃんと食事が貰えるけど今日は何故か来なかったね。」と言う。
なんですと? いつもは出るのか!
(絶対、当番の引き継ぎができていないと勘が働く)
偏見でもなんでもないないけどモルディブ人は、可愛い。
長年ここで暮らして思うのは、良くも悪くも可愛いのだ。
私のワークビザの切り替えも、再三 伝えていてもギリギリなわけで、動いたかと思えばこんな具合なわけで。
食事当番の引き継ぎができてないことくらい絶対ありうる。
ジョンにそういうと笑って「そうかもしれないね。たまには空腹もいいよ。」と、神父さんらしい感じのことを言う。
夜が更け、それぞれが部屋に戻りはじめた。
私も起きていてもお腹が空くだけだから部屋に戻って本を読み寝落ちしようと思った。
ハッサン再び
目論見通りに寝落ちしていた。
カーテンの無い窓から朝日が差し込んで眩しさで目覚めた。
リビングに水を取りに行くとジョンが起きていて長い足を組み優雅にコーヒーを飲んでいた。
「Good Morning Marry」
(わぁ! なんかホームステイしてるみたいだ)
おはようを交わす。
同じくコーヒーを作ってテーブルに着くと、マリーの日本の名前は何なのかと尋ねられる。
「まゆだよ」
「Ma…you」
顎に手を当て上を見ながら英語っぽい発音の「まゆ…まぁよう まあぃゆぅ」をくりかえし、「I like your name 」と気に入ったらしい。
「君は誰もが君を特別だと思える名前をもっているんだね。だってほら、My…you」そう言って自分と私を順番に指を指す。
「僕の、君」
(おぉ!なんか素敵!発想はなかった。)
「ありがとう、素敵な意味を作ってくれて。でもさぁ、日本語でまゆは、眉毛と同じ発音でね~…」 と子供の頃いじられたネタを説明をしていると、メインのドアが開き知った顔が入ってきた。
キョトンとしていると、「Hiマリー!!」と朝から絶好調のハッサンだった。
※ハッサン初回登場は「スリランカ珍道中」にあります。
この前とは違ってスーツにネクタイをしてて、ちょっとかっこいい。
ハッサンはイマッドと同じ部署だったらしく、「日本人のマリーがあの部屋に昨日からいるぜ」 と噂を聞いてやってきたらしい。
「まさかあの約束がここでになるとはね!」と笑う。
(あぁ、今度あったらお茶しよーねって言ったね )
昨日からの私の状況を話すと「マリーは直ぐにでられるよ、だって僕が帰ってきたからね!」とウィンクをする。
(やめろよハッサン 笑)
笑いながら おぇっと気持ち悪がる顔をすると、ハッサンも笑って
「本当だよ。マリーのスタッフが今日の昼には書類が手に入るって言ってたから。」と、心強い情報。
突然ディベビ語の会話が始まって驚くジョンにハッサンが私のことを紹介しだす。
(いや。ハッサンとも今日で2回目だし)
他愛のない会話をして、ハッサンに「昨日からクッキーしか食べてないからなんかくれ。お腹すいた」と言ってみる。
すると急にハッサンが怒り出す。
直ぐにどこかに電話をし、「アワスクレ」(急げ)と言う。
なんか、食事のオーダーをしていたようだった。
ジョンが部屋に戻りハッサンと2人になると、この部屋にいる人達について教えてくれた。
バングラデシュ人のおじさん達はタイル職人らしく、モルディブの工事現場で働くはずだったけど、私と同じで書類に不備があって、受け入れ側に連絡するけど繋がらないから保留になってる人達らしい。
このままなら、強制送還だろうとの事。
ジョンはキリスト教を布教しに来たかもしれないから、ここに留めておくしかないのだと。
スーツケースにたくさんの新しい聖書が入っていたからだと言う。
でもジョンはアジア圏を旅してたから、そこで聖書を仕入れただけなのかもしれないし、分からないから聖書を破棄するなら入国出来る、としたけど破棄を拒否したのだと。
(わぁ、難しい。)
私が言えるのは「でも、ジョンは、とても優しい人だよ。他の宗教も理解しているっていってた。」
ハッサンもうんうん、と頷く。
「ジョンは良い奴だ。だから困ってるんだ…」
餌付け
空港のカフェの制服のお兄さんが入ってきて、大量のナイロン袋がテーブルに置かれた。
揚げたてのポテトのいい香りがする。
「みんな、食事だよ、食べて」
ハッサンがバングラデシュ人のおっちゃん達に声をかける。
ジョンも出てくる。
ナイロン袋にはペットボトルの水、フライドポテトとハンバーガー、サンドイッチ、オレオ、マイロ(ミロ)がそれぞれに入っていた。
「昨日は食事がでなくてごめんね。」丁寧に謝るハッサン。
(あれ?え?なんか、なんとなく…実は ハッサンって凄い奴な気がしてきた)
(仕事が早い!早いぞハッサン)
(飛行機の感じとはなんか違う)
(ハッサン良い奴 凄い奴)
(ハーッサン ハーッサン わっしょーい ハーッサン)
私の中でハッサン急上昇だった。
食べ物を貰っただけで、お利口さんな犬かと思っていたハッサンが、
急にイケメンの出来る男に見えてくる。
餌付けされている私のほうが犬なのかもしれなかった。
みんなそれぞれの場所でもぐもぐタイムが始まり、ハッサンは「じゃ。またくるね」とにこやかに帰っていった。
昼になるとみんなそれぞれ会話をしていてなんだか昨日よりも随分と和やかだった。
私は翌日のリゾートから依頼されているはずのウエディングの仕事がとても気にかかっていて、部屋でずっと先輩のスタッフと状況について話していた。
「明日は雨だからリゾート側は多分キャンセルだと言ってるし、万が一、雨天決行で、そこから出られなくても私が代わりに行けるようにしておくからね。頑張ってね」
とっても優しい先輩。
こちらで結婚して旦那さんはリゾートで働いているから、彼女と彼女の子供と私とで一緒に暮らしている。
家族のような人だ。
普段は子供が小さいから私がリゾート出張担当で、彼女はサロンワーク担当だ。
少し安心して、ふとこの状況を、書き留めておこうとスケジュール帳に出来事を書き出す作業に没頭する。
色んなことを思い出す…
何故かやっぱり また あの2:8の爽やかお兄さんが浮かんだのだった。
昼をすぎたのに、誰からも何の連絡もない。
昼には書類が出来るんじゃなかったのか…
あぁあ。
これは今日もダメそうな予感。
少し落ち込んでいると開けたままの部屋のドアを、ジョンがきちんとノックしてくれる。
「出られそうかい?」
自分のことも分からないのに私の心配をしてくれる優しいジョン。
「分からないけど、ちょっと無理かも。仕事の件も手が打てたし、待つよ」
笑うと、うんうんと頷いて去っていく。
ハッサンの正体
今日はお昼ご飯がでた。
フライドヌードルかビリヤニのどちらかが選べる贅沢さ。
部屋がカビ臭いこと以外に不快な思いもなく、快適と呼べた。
お昼のプレイヤータイムが終わった頃に、またハッサンが現れた。
サーボーンのおやつを沢山持ってきてくれた。
「マリーのマネージャーから書類は貰ったけど、ガバメントのスタンプがないから再提出だ。早ければ夕方、遅ければ明日の昼までにはここを出られるよ」との事。
マネージャー…ほんとに…あいつめ。
絵にかいたようなドジっ子のマネージャー。
でも憎めない優しさとか明るさとか、そういうのがあるし、なんだかんだ、頼りにしている。
「あー。だろうね」とハッサンの説明に驚きもしない自分が憎い。
(あれ? でもなんでハッサンはこんなに情報通なんだろね。)
「ハッサンはなんでそんなに詳しいの?」尋ねると
「あれ?言ってなかったっけ?僕はここのナンバー2だよ」と何でもないように答える。
(え?それって 偉い人じゃん)
急にハッサンが遠くに感じはじめる。(近くもなかったけども)
「あ、そ…そうだったんですねっ、へへへ」急に媚びへつらう。
普通なら冗談言いながら肩を叩けるような人ではない。
「僕が帰ってきたら大丈夫って言ったでしょ」と笑うハッサン。
でも、そう言ってくれてありがたい。
何かわからないけど、私に好意的なハッサンはきっと今後、困った時に頼れそうだと腹黒くなる。
その後、サーボーンをしながら他愛のない話をし、ハッサンが仕事に戻る時に「ナンバー2ならさ、ジョンの写真だけ返してあげたり出来ないのな?」と聞いてみる。
「探してみるよ」と部屋を出ていった。
新しい名前
シャワーはあるけど体を拭くものがない。
仕方なく、冷房対策で持ち歩いているブランケット(綿)で体を拭き、
また着ていた服を着る。
(下着はちゃんと手洗いしました)
濡れた髪をお団子にまとめると、コーヒーを飲みにリビングへ出た。
ふと後ろから視線を感じ、見るとジョンがわたしの首の後ろにある古い蝶のタトゥーを見ていた。
「Oh! you are マリポッサ!」と、訳の分からないことをいう。
まりー?ポッサ?なにそれ?
「Mariposaはスペイン語で蝶と言う意味だよ。君はマリーだかMarrypossaだね。」
(へぇ。そうなんだねぇ。いいね。マリーポッサ♪ )
ジョンから新しい名前を貰った。
モルディブで1番初めにお世話になった家族に マリアンと呼ばれた。
それからその近所で※ドン マリアン、ドン マリーと呼ばれた。
今日はまた新しい名前を貰った。
そして凄く気に入った。
夕方、セキュリティと空港スタッフが来て、名前を呼ばれる。
はいはーいと出ていくと、「VISAの許可が降りたから出られる」との事。
急にくるんだね、こういうの。
飲んでいたコーヒーを慌てて片付け、荷物を取りに部屋に戻る。
バングラデシュ人のおじさん達が片手を上げてサヨナラをしてくれた。
みんなに、「頑張れ」と両手をぐっとして手を合わせて祈ったら、
海外のサッカー選手がゴールを決めた後に天に向かってお祈りをする感じのジェスチャーで無事を祈ってくれた。
ジョンが静かに傍に立っていて、「全部持っていかれたから君に渡すものが何も無いけど、これは僕のメールアドレス。」
どこかのアジアの子供たちが笑う写真のポストカードに 短いメッセージとアドレスが書かれていた。
私もカバンの中から名刺をだして、私のアドレスと番号はこれだからね!と渡す。
急にに悲しくなって目が潤む。
「I Really lucky to meet you at here. thank you so much.」とハグを交わす。
離れる時に「またどこかで。God breath you」と言ってくれた。
咄嗟に「God breath you too」と伝えた。
娑婆に出る
セキュリティ達はもう腕を掴むことも無く、私を自由に歩かせ、またあのカビ臭い部屋を抜け、入国審査のロビーに出た。
いつものカウンターではなく、別のルートでパスポートにスタンプがおされた。
抜けた。
やっと抜け出せた。
やっと空港から出られる。
手荷物受け取りの奥に仕事中のハッサンの姿があった。
ぴょんぴょん飛んで手を振ると、お!って顔でにこやかに手を振り返す。
サムアップをしてまた手を振る。
私もGoodを返して晴れてメインのEXITの扉を開いた。
~完~
後日談
それから数週間後、ジョンからメールが来た。
わたしが出ていった後、ハッサンが家族の写真を持ってきてくれた事への感謝と、今はもう南アフリカの自宅に居ること。
結局、モルディブへは入国出来なかった事が書かれていた。
私との出会いは神からのプレゼントだったと言うメールだった。
モルディブの新聞に「キリスト教を広めようとした男、強制送還」的なことが書かれていたり、ちょっとだけニュースにもなっていた。
私は翌日からいつものようにヘアメイク出張で空港を行き来し、あの日以来、また「Hi マリー!」と声をかけられることが増えたのでした。
あとがき的なもの
この話は確か2013年頃の出来事です。
この日以来、Marrypossaを名乗ることが増えました。
何故か今でもハッキリ思い出せる※2:8の爽やか兄さん笑
※スリランカ珍道中より
ハッサンのブライダル撮影では可愛い奥さんにヘアメイクもしました。
彼はほんとに面白い男です。
先日、スリランカで出会ったアンマドおじさんとの車内での会話の動画を久々に見つけて、Instagramに上げたところ、この話もちゃんと残しておきたくなり、その思い出からその後のハプニングまで書くことにしました。
私の人生の記録のようなものなので、軽く読み流して
「Marrypossaってほんと変なやつ」と、時折笑って頂けたら嬉しいです。
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