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「記憶の豆腐屋さん」

どうして母は
豆腐屋さんで豆腐を買わなかったんだろう
あの美味しい豆腐は
生まれた時からあったのに

結婚して新居は
おばちゃんの持ちビルに住むことになり
学生時代を過ごした場所に
再び舞い戻ってた

大人になってからの景色は
また少し違って見えて
子どもを授かってからは
子ども中心に世界がまわった

仕事の帰り道に
まだ明かりが灯る豆腐屋さん
子どもと食べる夜食には
最高で

開いていれば必ず
買っていった
美味しい、それだけではなくて
懐かしさにも相まって

いつまでも続いてほしい
そんな願いは
終わりを見ながら足し算と引き算をして
増えたり減ったりした

うすいプラスチックの容器に
はみ出すほどふっくらした豆腐が
優しく薄紙に包まれて
ビニール袋で手渡される

その作業ひとつひとつに
愛情が込められていて
尊さに泣きたくなったけど
皿に盛られた真白なキミを見たら

ただ喜びだけで
先ほどの哀愁は消えさり
「美味しいね」と
幸せいっぱいに包まれた

あの豆腐は愛だ
大豆も愛だろうけれど
おじさんによって
豆腐という愛に変えられた

腰の曲がったおじさん
朝早くから夜遅くまで
ずっと働き続けてくれて
愛を届けてくれた

もう豆腐は食べられないけれど
不思議だ
あの時の愛は
まだ私の中にある

豆腐屋さんは建て直して普通の住居になりました

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