生徒である囚人たちを通して自分の夢を叶えたかった主人公に感動する『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』
【個人的な満足度】
2022年日本公開映画で面白かった順位:65/121
ストーリー:★★★★☆
キャラクター:★★★★☆
映像:★★★☆☆
音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★☆☆
【作品情報】
原題:Un Triomphe
製作年:2020年
製作国:フランス
配給:リアリーライクフィルムズ
上映時間:105分
ジャンル:ヒューマンドラマ
元ネタなど:スウェーデンの俳優ヤン・ヨンソンが1985年に体験した実話
【あらすじ】
囚人たちのために演技のワークショップの講師として招かれたのは、決して順風満帆とは言えない人生を歩んできた崖っぷち役者のエチエンヌ(カド・メラッド)。彼は不条理劇で有名なサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を演目と決めて、ワケあり、クセありの囚人たちと向き合うことに。しかし、エチエンヌの情熱は次第に囚人たち、刑務所の管理者たちの心を動かすことになり、難関だった刑務所の外での公演を実現するまでに至った。
ただ、思いも寄らぬ行動を取る囚人たちとエチエンヌの関係は常に危うく、今にも爆発しそうでハラハラドキドキの連続。その爆弾は、舞台の上でもいつ着火するかわからない。ところが、彼らのその危なげな芝居は、むしろ観客や批評家からは予想外の高評価を受けて、再演に次ぐ再演を重ねる大成功!そして遂には、あのフランス随一の大劇場、パリ・オデオン座から、最終公演のオファーが届く!!
果たして、彼らの最終公演は観衆の喝采の中で、感動のフィナーレを迎えることができるのだろうか?
【感想】
実際にあった感動ストーリーです。囚人たちに演劇をやらせたら、あれよあれよという間に評判がうなぎ登りになっていくびっくり展開。予測不能な行動をする囚人たちと、密かな夢を抱える主人公エチエンヌという、ハラハラとほっこりのバランスがよかった映画でした。
<囚人だからこそできる演目>
事の発端は、エチエンヌが演劇のワークショップの講師として刑務所に来たことです。受講している囚人たちに、とりあえず何か演じさせようと。こういうときって、ちょっとでも嫌になったら囚人たちは辞めちゃいそうですけど、意外とみんなやるんですよ。劇中でも軽く触れられていましたが、みんな刑期が残り少なく、あとは信用を得るだけなので、あえて素行を悪くする必要もないからなんでしょうけど。しかも、別に無理強いしてやらされてるわけではなく、一応自分たちの意志でワークショップに参加していますから。
で、発表会をやったら意外とまわりの反応がよかったんですよね。そこで、エチエンヌは『ゴドーを待ちながら』(1952)という戯曲をやることにします。なぜ彼がこれを選んだのかというと、囚人たちとの会話を通じて、彼らならリアルにこれを演じることができると感じたからです。囚人たちって常に待っている状態なんですよ。刑期が終わること、外に出ること、家族と会うこと。待つ状態を誰よりも噛みしめている彼らなら、同じように来るかどうかもわからないゴドーを待つこの演目を、自分事として捉えられると思ったんでしょう。
とはいえ、けっこう哲学的で内容も難しいんです。メンバーの中にはあまり読解力がない人もいる状況で、これを演じ切るのは相当にハードルが高いです。でも、エチエンヌは演技のうまさよりも、リアルに体現できるかを重視して、彼らにどうしてもやってもらいたかったんです。実はエチエンヌ自身も、かつてこの演目をやったから思い入れがあったとは思います。
<エチエンヌの密かな想い>
僕は、エチエンヌがこの演目を彼らにやらせたかった理由はもうひとつあると思いました。それは、囚人たちが演技を学ぶ姿を見て、自分の中で失われた何かを感じ取ったからです。正直、エチエンヌは役者としていい人生を歩んだとは言い難いです。しかも、奥さんとの関係は破綻しているようなんですよ。そんな中で、素人ながらも演技を学んで成長していく囚人たちに、かつて純粋に演技を楽しんでいた自分の姿でも見たんじゃないでしょうか。さらに、実際に『ゴドーを待ちながら』を上演したらメチャクチャ評判がよくて、再演に次ぐ再演の嵐。エチエンヌが役者として今まで手にすることができなかった「成功」を、自分の教え子たちが実現していくんですよ。それはもう、自分の夢を彼らに託したくなっちゃいますよ。他のどの演目でもない、自分が思い入れのある作品でここまでの実績を作れたなら、こんなにうれしいことはないですから。
<まさかすぎるオチ>
ところが、ラストでまさかの事態に陥ります。実際にあったことなので、調べればすぐにわかるとは思いますが、ここでは一応伏せておきますね(笑)僕はてっきり、エチエンヌに何かしらサプライズを用意しているのかと思ったんですが。でも、そのときエチエンヌが観客の前で語った言葉には涙が出ました。今回の囚人たちとの関わりを通じて自分が思ったことや無理を言って協力してくれた刑務所の関係者への感謝。そして、今自分が置かれたこの状況こそが、まさに『ゴドーを待ちながら』の作者であるサミュエル・ベケットの狙いなんじゃないかという奇跡。いい終わり方でした。
<悪い人がいない優しい世界>
この映画を語る上で外せないのが、ワークショップに参加していた囚人たちです。みんな気のいいやつらなんですよ!殺人や強盗など、彼らの罪は決して許されるものではないけれど、演劇を楽しむ彼らの姿は、普通の人となんら変わりません。もっとひどい輩がいっぱい出てくるのかと思いきや、犯罪者とはいえ、この映画には悪い人が出て来ず、優しい世界が広がっているのもよかった点です。
<そんなわけで>
ちょっと感動するヒューマンドラマを観たい人にはオススメです。尺も長くなくて観やすいのもポイント。最初にも書きましたが、ハラハラとほっこりの絶妙なバランスが秀逸な映画です!
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