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お散歩|エッセイ




1. あなたは、透明な場所へ

 

夢をみた



魚釣りをする夢だった





突然、おじいさんから声をかけられて
「この魚を釣ってみな。」
って写真を見せてくれた



見たことのない魚だった


「ここにいるのは、
小さいからもっと大きい魚だ。
これを持ってここより
深いところに行ってみな。」
と、おじいさんは言った


そして、手に持っていた
釣り竿をそのまま貸してくれた


周りにいた人たちは
川に入って、魚を釣っている



わたしは、パジャマだったし
替えの洋服がなかったから
戸惑ってしまったけれど


はいていたズボンに
水が染み込む重さを感じながら
そぉっと、入ってみたら
不思議と冷たくなかった

その綺麗で透明な場所を
真っすぐ、進んでいくと
広がる海へ繋がる気がした……


川の流れに沿って
歩いていくことが
ただ、ただ、心地よかったのに


瞬きをして目を開けた次の瞬間には
自分のベッドの上にいた

今日は、久しぶりにぐっすりと眠ることができた

窓の外から、かすかに車の走る音が聞こえる…


この辺りは朝方になると
静かなんだなぁ。と思った


耳をすましてみても
愛犬の心臓の音は聴こえなかった


わたしのアタマの中も
シーーーンとしていて


そこにはひとつしか
思い浮かばなかった


安らかな眠りで
ほんとうによかった



「ほんとうに、よかった。」


愛犬は少し目を開けて
眠ることが多かった

笑っちゃうくらい
半目の時もあった


今のこの目は
どこをみるわけでもなく
まっすぐと夢の中を
泳いでいるような瞳だった


ふと、耳に視線をやった

いつもの赤い血色は見たことないくらい
真っ白になっていたことに気づいた


抱っこすると、重たい


ほんとうに重たい



今までこのカラダの中に
生命 いのちがあったことを
実感しながら、抱っこをする


まだ、ほんのりと温かく
さっきまでここにいたことがよくわかる


涙が止まらないのかと思った

だけど、涙が出てこないことに
現実を受け止められていないの? 
と自問する


なんか、そうではないみたい


命に「おわり」があることは知っていたし
わかっていたつもりだった


だからびっくりしなかった



安らかに眠るように旅立ってほしい。



その想いが、具現化されたと知り
目から一粒だけこぼれた





この状況が現実か、わからなかった


人間だったらお医者さんが
「ご臨終です。」って言ってくれるけれど
誰も、何も言ってくれないんだもん


でも、ただ、
触った身体が
冷たいから


そうゆうことを
察することしかできない


目の前にいる顔が
笑顔のように見えた



犬って笑うのかなぁ



笑っているように見えるから
笑ってるんだと思うようにした


 

2. 記憶と想像と幻想

 

翌日も、窓から見える景色は
一切の色が消えてしまったように
暗かった


かつて、朝寝坊ばかりしていた
わたしがこんな時間に目が覚めるなんて


あと、1時間寝たら
よく寝た気がしたかもしれないなぁ…


そんなことを考えながら
昨日食べたメンチカツサンドがこみあげてきた

今までの食欲が嘘のように
何も喉を通らなくなってしまったけど


誰かと一緒なら
限界を超えるまで、食べることができた


こんな時だから、
普段食べ慣れない重いものを
欲張ってたくさん食べた


最期を惜しむように
代わる代わる、人がきてくれた


もしかしたら愛犬が呼んでくれたのかもしれない
と意味づけさえしてみる


もう、動くことのできないからだ


こんなにも
ふわふわで柔らかいなんて
生きてるんじゃないかって
勘違いしちゃいそう


こうゆう感じだったっけ
と、十年以上も前の
記憶と照らし合わせてみる


それとも、人間と犬とじゃ
死後硬直に違いがあるのかな


記憶や想像なんて全くもって
不確かなことを知らしめさせられる


でも、記憶のおかげで
あの時、あの後、前を向いて
歩くことができた
過去を思い出させてくれる


そして、想像のおかげで
いつでも、あの時に帰ることができる


これが不確かでもいい


今は、とにかくいちばん
綺麗なものを見せてほしかった

そうじゃないと
どっちを向いていいかが
わからなかったから


いずれ
美化し過ぎたイメージが
記憶に定着して、平気な風を装って
それを人に話すのだろうか


美化もしない
そして、リアル過ぎない
ただ、ありのままを記憶してほしい



この願いは、決して
薄っぺらいものじゃないはずなのに

今日のことはまったく忘れちゃって
他の出来事の記憶にすり替えられる


思い出すのはつらい時か
または
何気ない時なのか…


わたしには、わからない


自分なんてものは
全く、わからないと思った



ふと、ふたたび触った
愛犬の体は少し硬い



ほら、もう
ほんの少し前のことなんて
覚えていやしない


それを「こうゆうものだった。」
と言葉でひとくくりになんかできない


そこには、あふれるほどの愛しい想いがあって、今までの数えきれない感謝があって、これからくる未来に希望があるという勘違いを、切望している気持ちがたった一言で表されるなんて



到底ごめんだった



そんな想いが曖昧になってしまうなんて
人生をかけたごまかしじゃないか
と自分の記憶力と想像力に絶望する



でも、そんなものは
アイマイになってしまって
ほしいという願いも
たしかに、ある



わたしたちはそんな
記憶と想像に振り回されて
生きている


あの時、ああしなきゃよかった

明日くる未来が不安だ



どうかその幻想にやさしく、気づかせてほしい

そして人生は輝かしいものだと、教えてほしい


  

3. 体験しなければ、知りえない世界

 


ぎゅっと、抱きしめるように
愛犬の体に顔をうずめた


そのかすかな匂いから現実に戻される


もう夏も終わりだな。
と思っていた矢先に続く突然の猛暑日

保冷剤、クーラー、ドライアイスという
現代のありとあらゆる
道具を使っても限界はある


たった3日しか経っていなくても
相手はもう機能が止まってしまっている
生きものなわけで
体内の腐敗がはじまっていることが理解できた


その、今まで体験したことがなかった
出来事に直面したとたん



わんわん泣き始めた


それはもう、事情を知らなければ
「いい大人が」というくらいに

でも事情を知っている人からみれば
「そうだよね」と共感できるかもしれないし

同じ経験をした人からは
言葉のようなものは

出てこないかもしれない


結局、やってみなければわからないのだ


ぶつかって転ばないと
痛みなんてわからない


「Aさんが、転んだ」

と聞いて、Bさんはかすり傷だと思う


でも実際会ってみたら
大量の血で、救急車? 
とよぎることもある


血を流してみないと
その「赤」がわからないように

写真の赤と実際の「赤」は全くちがう

ましてや、写真も見たことなければ
「どの赤?」といったように


そんなことは日常茶飯事なんだと思った


だから、物事を「赤」なんて
ひとつのコトバなんかにできない



「いつも怒っている」あの人だって

「いやみったらしい」あの人だって

「人の悪口ばかり言っている」あの人だって

一言なんかじゃ表わせない

本人だってそうなりたくてなったわけじゃない

そうゆう環境があって
そうならざるを得ない。
と思えてしかたない


経験して、心で感じて
はじめてわかることが
数えきれないほどある


あぁ、
なんてバカだったんだ


今までの無知な自分を大いに恥じた


その過去形からくる言葉に



あぁ、
どうしてわかったつもりになってたんだ

なんて未来の自分も思うのだろう



それでいい



大いに恥じよう、大いに反省しよう。
そこに固執するのではなく


それに
気が付かせてもらったことに感謝を込めて


気づかなければ
わからないことなんて
山ほどある



4. きみと一緒に見た、最後の月



きみと一緒にいることのできる
最後の日がやってきてしまった


ベランダに無造作に置いてある
リラックスチェアに座り
抱っこしながら、一緒に月を見た


視力があんまりよくなくて
ぼんやりした月だったけど



その明るさがちょうどよかった



太陽だったら、直視できない

だから、月でよかった



過ぎた日の記憶を
消してくれるような風が心地よかった



こんなに幸せなことってあるのかなぁ




5. 人生ではじめて見た、オレンジ色

 

今日は、ひとりで土手へ出かけた

本当は愛犬も連れて行きたい

だけど、もうこれ以上

触れることはできない
壊れてほしくない


そして
これからはあなたがいなくても
ひとりでお散歩に行けるのよ
とわたしの強い姿を、みていてほしい


こんなに早い時間から
川を眺めて、黄昏ている人を見た


会社に行きたくないのかな
それとも
ぼんやりとしたいだけなのかな


そんな背中だった
そこから、しばらく離れたところに
ちょこんと座った

暖かくも、寒くもないその場所から
空を見上げた。


夜の淡い青と
朝焼けのピンクが
混ざったような色だった。

そこに、地上一面に広がる
オレンジ色が、加わった

日の出?

お日様が顔を出した

日の出なんて
人生で一度も見たことがない


あーあ。
きっと太陽が上に登るまでは待てずに
家へ戻っているのだろう


そう、思った瞬間に


っと!!!


力強い
大きな
大きな光が
ものすごい勢いで空に舞い上がった



なあんだ。ここにいたのか


そう、思った
そう心の底から思うことができた


もう、あの可愛らしい姿を
見ることはできないけれど
こうやって、また別のカタチで
一緒にいられることがすごく嬉しい


やっぱり
お日様がないと
わたしは生きていけない


そんな当たり前のようなことを
考えたことがあっただろうか
 

一緒にお散歩したこの道を
たどるように歩きながら


これからたくさん考えるかもしれない
そして、毎日感謝をしたい


光が、真っ直ぐと
顔に差し込む
あぁ、なんて、あたたかいんだろう



本当に、ほんとうにありがとう。



体験して、はじめてわかった

黄昏てたんじゃない
会社に行きたくないとか
ぼんやりしたいとかじゃない


この景色を見たかったんだって。



もういない、愛犬からのメッセージ
 

わたしが病気になったとき
あなたは、すごく心を痛めて…
気が気じゃなかったように見えた。


なんで、泣いているのかは
わからなかったけど
あなたの側にいたいと想った。


泣きたいときは、泣いてもいい。
オトナだって、わんわん泣いてもいい。

だけど、どうか。信じてほしい。
また一緒にお散歩して
お日様のにおいを
くんくんしたいと思っているよ!


 

All  Photo by pasteltime

 



最後までお読みいただき
ありがとうございました☆


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