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春にして君とわかれ

彼がこの部屋を出て行って半年が過ぎた。

私は変わらずここで暮らしている。手直しもせず、模様替えもせす、あの時のままの部屋で暮らしている。

一緒に座ったソファーも、
一緒に食事したテーブルも、
一緒に使った冷蔵庫も、
一緒に数えたカレンダーも、
一緒に作った写真ボードも、
私の電話番号も、
メールアドレスも、
封の開いたインスタントコーヒーも、
使っていた歯ブラシも、
箪笥の中の洋服も、
読みかけの本も、
全部そのまま。 

「他に好きな人ができた」


彼に別れを告げられた時、私は不思議と平気だった。寂しい気はするけれど、自分がどうしたいのかわからない感じだった。彼は手切金としていくばくかのお金を置いていった。



そして、私は変わることなく生活をしている。

朝起きたら2人分の朝食を作り、2人分のコーヒーを淹れる。

食事を終えると、玄関に行く。

いってらっしゃい

と言う。そして目を瞑る。するといつも仕事に行く前に彼にキスされていた感触が甦える。

それが終わると洗濯に掃除。

彼の部屋もあの時のままに掃除をする。彼が箪笥の中の置いていった下着や洋服も、毎日少しずつ洗濯しては畳んで入れ直している。

夕方になると『今日晩御飯どうする?』

とメールをする。彼に届いたメールアドレスは今は宛先不明で送り返されてくる。それを今でも毎日続けている。

夕方になるとお風呂の掃除をする。
その時に彼のシャンプーの量を確かめる。もちろん減ることは無いのだが、毎日確かめる。
髭剃りの刃は月に一回私が変えてあげる。彼は面倒くさがってなかなか歯を変えないので時々髭剃りの後に血が出る。だからそうなる前に私が先に変えてあげるのだ。
そして彼がお風呂上がりに使うバスタオルと下着、パジャマを一揃いにして置いておく。

晩御飯も2人分。食べ終わったら洗い物をして、お風呂に入り、そして眠りにつく。

彼と寝ていた大きめのベット。朝起きたら彼が隣で寝ていて、以前までの明日が始まるような気がする。



ある日、朝ご飯を作っていた時だった。

コーヒーを淹れようと彼のマグカップを棚から取り出した時だった。誤って床に落としてしまった。



マグカップは割れた。



その時だった。

『ああ、もう彼はいないのだ』

そう思ったら、私は初めて泣いた。悲しみや寂しさが一気にやってきた。

私はどうすればいいのだろう。
あの人のいないこれからをどうすればいいのだろう。



私の愛した人は、もういないのだ。

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