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僕は泳げません

今年の夏、プールや海水浴を楽しみにしている方も多いだろう。
でも、僕には関係ない。
何故なら、僕は泳げない、多分。
多分というのは泳いでいないからだ。
もう40年、いや50年近く泳いでいない。

子供の頃には、毎年夏になると、家族でプールや海に行っていた。
小学校になると、休みの日には、友人と市民プールによく行った。
また夏休みに学校のプールが開放されると、みんなで誘い合わせて出かけて行ったものだ。
普通に泳いでいた。
クロールや平泳ぎは、当時の男子は大体こなしていたのではないだろうか。

小学校の5年の時か6年の時には、臨海学校があった。
今でもあるのだろうか。
最終日には検定があって、最高位のラインを水泳帽につけていた。

海もブールも、泳ぐのも大好きだった。
そこまでは。

しかし、だ。
中学校に入ってから、状況は一変した。
僕は、海にもプールにも行かなくなった。

第一に、当時の野球部では、プールで肩を冷やしてはいけないという通説があった。
今では都市伝説に過ぎないのだけれども、当時は真面目に受け止めていた。
だから、野球部はブールの授業は見学しなさいと公然と言われていた。
うっかり休みの日にプールに遊びに行ったことがバレるようなことがあれば、きつーいお仕置きが待っていた。
当時のことだから、虐待に近いお仕置きだ。

第二に、というよりも、第一の理由があったおかげで、こちらの理由が隠された、むしろこちらが第一の理由かもしれない。
中学に入ると、僕の可愛かった体にも変化が訪れた。
もちろん、これは誰にでも訪れることだ。
当初は、自分で自分を見下ろして、こいつどこまで成長するんやろと、悶々とする。
お父ちゃんと同じ状態になってきた、これで楽しい子供時代ともお別れか。
何で俺だけがこんな目に…。
しかし、そんな悩みは、やがて1人の勇者のカミングアウトによって、俺も俺もとなり、たちまちに解消してしまう。

だが、僕の場合には、もうひとつ異変があったのだ。
誰もここまではカミングアウトしていない。
やはり、これは俺だけだ。
誰の体を見ても、こいつはない。

こいつとは何か。

胸毛が生えてきたのだ。
当初は産毛程度ではあったが、鏡に映してみると、胸の辺りが何となく、薄暗くなっている。
高校に入る頃には、ほぼ髪の毛と同じようなのが生えていた。
いや、丸刈りの髪の毛よりも余裕で長い。
それを、見られるのが嫌だった。

野球部でユニフォームに着替える時にも、隅っこで後ろを向いて、素早くアンダーシャツに首を通す。
U首ではダメで、丸首のものに限る。
ニキビはいずれ消えていくだろうが、こいつは消えることがない。

ああ、あの頃、俺は長嶋茂雄だと、何度自分に言い聞かせただろうか。
もしかして、欧米の血が混じっているのか?
聞いている限り両親は、いや親族すべて日本人だ。
見た目も、高村光太郎が、ももんがあの様な、だぼはぜの様なと詩った、日本人そのものだ。
しかも、親族の中に、胸毛はいない。
俺は誰なんだ?
思い悩む青春の日々。

それ以来、僕は海にもプールにも行っていない。
人前にこの肌をさらしたことはほとんどない。
だから、僕の体は、雪のように真っ白だ。
お見せできないのが残念だけれども。
これは、妻と、覚えていれば娘だけが知っている秘密だ。
唯一妻と娘に羨ましがられているのが、この肌の白さだ。

ただ、妻も夏に泳ぐような趣味は持ち合わせてはいなかったので、娘も連れて行ったことはない。
泳ぎたかったら友達と行きなさい。
娘には、申し訳なかったと思っている。
それもこれも、胸毛のせいだ。

こんな状態だから、今、海やプールに行くようなことがあっても、多分泳げない。

もちろん、歳をとるにつれて、Tシャツの胸元から少し見える程度は気にならなくなってはきたが、それでも、ガバッと見せることには抵抗がある。

でも、そろそろとは思っている。
この夏あたり、ガバッとやってみようかと。
できるなら、郷ひろみのジャケットさばきのように、華麗に。

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