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「仕事は楽しいかね?」と問われ続けて

「仕事は楽しいかね」はデイル・ドーテンによるビジネス書のベストセラーである。
しかし、ここではその内容について触れるつもりはない。
この素晴らしい本の内容については別の機会に。

僕の手元にあるこの本は、「2001年12月10日 初版1刷発行」となっている。恐らく読んだのもその頃だろう。
当時、この本の内容には感銘を受けて、自分でもいろいろと実践をしてみたのを覚えいてる。
しかし、仕事の忙しさに追われて、いつの間にか忘れていった。
ビジネス書ではよくあることだ。

当時は、小さな営業所を立ち上げた実績を買われて、大きな営業所を任された頃だった。
なかなか期待通りの成績が上げられずに悩んでいた。
毎日早朝に家を出て、帰るのは深夜、日付が変わる前後。
そんな状況で、この本もいつの間にか本棚の隅に押しやられていた。

久しぶりに休みが取れたある日、疲れ切って、リビングで寝ては起きてまた寝て、つまりゴロゴロしていた。

こんこんと肩を叩かれて顔を上げると、娘がすぐ横に座っていた。
そして、この本の表紙を僕に見せると、
「仕事は楽しいかね?」と語尾を極端に上げて聞いてきた。
当時娘は8歳くらい。
多分、僕に聞いてきたというよりも、このタイトルが読めたよっていうアピールだったのだと思う。
それに表紙のイラストにもひかれたのだろう。

しかし、娘が少し笑みを浮かべながら言った「仕事は楽しいかね?」は、この本に出てくる老人が娘の口を借りて問いかけているように思えた。
でっぷりと太り、禿げ上がった額。後頭部に残った白髪と白い髭はサンタクロースが似合いそうだ。ベージュの恐らくセーターと格子縞の赤いズボン。
丸いメガネにループタイ。
その老人が立ち去り際に、振り向いて片手を上げて問いかけている。
「仕事は楽しいかね?」

正直言って、その頃は少しも楽しくなかった。仕事を楽しもうなんて発想も失っていた。
何とかしなければ。誰に相談するでもなく、一人で悶々としていた。
そんな時の、娘の「仕事は楽しいかね?」

そうなんだ、仕事は楽しめばいいんだ。
これまでにも、上手くいっていた時には、まず自分自身が楽しんでいた。
そして、周りのスタッフも楽しそうだった。

それまではどちらかというと僕は、思い詰めて、行き詰まり、黙り込んで、暗い出口のない穴に頭を突っ込んでもがきがちだった。
それが、その時を境に、仕事はまず楽しくなくっちゃと考えられるようになった。

翌日から、とにかく楽しくできるものを探した。
仕事の進め方から、考え方、管理の仕方。
何もなければ、事務所のレイアウトや掲示物まで。
スタッフにも、毎日ひとつ、何でもいいから楽しくしてくれとお願いした。
「何なら、事務所をFrancfrancのお店のようにしてもいいぞ」

それ以降、いくつも現場は変わったけれども、どこに行ってもまずは「楽しく」ということを心がけた。
自分も、周りのスタッフも。
仕事だから、当然嫌なこともある。思うようにいかないこともある。
それでも、毎日出勤する職場がその人にとって辛い場所であってはならないと思ってやってきた。
どこまでできたかわからないが、少なくとも努力はしたつもりだ。

そして、どんな時でも行き詰まりかけると、
「仕事は楽しいかね?」
あの時の娘の問いかけを思い出した。

そんな娘も、どうやら来年には籍を入れようかという相手がいるらしい。
もちろんまだどうなるかわからないし、男親としては、祝福しつつもどうなるかわからない方に期待する気持ちも数パーセントはある。
とにかく今のうちに、感謝の気持ちを伝えておこうと思う。本人は覚えてないだろうが。

ちなみにこの「仕事は楽しいかね?」という本、原題は「THE MAX STRATEGY」で、「最大の戦略」というような意味らしい。
多分、直訳のままでは日本でここまでのベストセラーにはならなかったに違いない。
また、カバーは、浅野桂子さんとなっている。

邦題を考えられた翻訳者の野津智子さんと編集者の方、そしてイラストの浅野桂子さんにも感謝するべきだ。
これがなければ、この本が娘の目に触れることもなかっただろうから。

この本の内容には触れないと言ったが、あまりにも素晴らしいので、最後に一節だけ紹介させてほしい。
こんな言葉がいっぱい散りばめられている。
ビジネス書とは書いたが、決して成功するための本ではない。よりよく、より楽しく生きるための本だ。

「頭にたたき込んでおいてほしい。何度となく”表”を出すコインの投げ手は、何度となく投げているのだということを。そして、チャンスの数が十分にあれば、チャンスは君の友人になるのだということを」

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