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『あなたが殺される理由』

「ねえ、自分で考えてみてよ。何だと思う、あなたがこうして殺される理由は」
あたしは、男の首筋にナイフをゆっくり突き刺しながら尋ねた。
「誰に頼まれた」
男はかすれた声で尋ねる。
「それは言えないの。じゃあ、そこから考えましょうよ。誰だったら、あなたを殺したいと考えそうかな」
流れる血が増えていく。
「別れた妻か」
男が聞く。
「その人に何かしたの」
わたしは、少しだけナイフの力を緩める。
しかし、血はもう止まらない。
「恨まれるようなことは…十分な慰謝料も払ったし、養育費も…」
「他には」
「そんな…あれは、あいつ、新入社員の時に…いや」
そこで、男は息絶えた。
「チッ」
わたしは男の首からナイフを抜いた。
ついに自分が殺される理由に気づかないままに、ベッドの上に全裸で横たわる男。
その体を見下ろしながら、携帯電話を手にした。
自分のコード番号とファイルナンバーを伝えて、
「完了しました」

殺し屋というと、離れたところからライフル銃で狙いをつけ、一発で仕留める、そんなイメージを持っている人が多いが、実際にはそんなに簡単ではない。
受け取るのは、
「〇〇を何月何日の何時までに殺せ」
それだけ。
そこから、相手の行動を調べ上げて、少しずつ近づいていく。
相手が男なら、ベッドの上で殺すことが圧倒的に多い。
念の為に、ベレッタも携帯はしているが使うことは稀だ。
指示の内容によっては、自殺に見せかけたり、事故に見せかけたり、少し手間はかかるが自然死に見せかけることもする。

この仕事についた頃は、ひとつひとつの指示をこなすだけで満足していた。
しかし、あるとき、ふと思ったのだ。
今わたしが手にかけているこの男は、あるいは女は、自分が殺される理由を知っているのだろうか。

もちろんわたしのところに来る指示は、本部が誰かからの依頼を受けてのことだ。
しかし、わたしは、その依頼者が誰なのか、殺してほしい理由は何なのかは知らない。
決して安い金額ではないので、それ相応の理由がなければ割に合わないはず。
それに、わたしたちのように特別な訓練を受けた者ならまだしも、そうでなければ、誰かを殺すということは、その後の人生に大きな十字架となってのしかかる。
たとえ、自分で直接手を下さなかったとしてもだ。
それでも、それを承知の上でなおかつ殺したい相手とは、どんな人間なのか。
もちろん、その相手が、世界的にも有名な大悪党とかならわからないでもない。
そんな相手なら、わたしたちも顔を見ればわかる。
けれども、わたしたちが殺すのは、そのほとんどが、ごく普通の人間だ。
肩書きは会社員であったり、会社役員、社長、団体役員、フリーター、主婦、公務員などなど。
つまり、あなたと何ら変わりはない。
あなたの家族、友人とも何ら変わることはない。

本部に尋ねても教えてもらえない。
そこで、わたしは本人に尋ねることにしたのだ。
死んでいこうとする本人に。
「わたしはあなたを殺すように頼まれたの。どうしてだと思う?」
だが、まともに答えられる人は少ない。

人は自分が殺される時に、何故自分が殺されなければならないのか、その理由を案外知らないものだ。
それだけ、人間なんてみんな何かしら悪さをして生きている。
子供の頃の喧嘩やいじめ。
中学生や高校生の頃の万引き。
無免許の原付。
ちょっとした浮気。
会社に請求する必要経費の水増し。
営業成績のごまかし。
知らないところで恨みを買うこともある。
思春期の告白を断った相手。
もしかすると、三振をとった相手に恨まれているかもしれない。
営業成績の競走で敗れた相手。
妻の横でのいびき。
いつも忘れてしまう、頼まれた買い物。
社会的制裁を受けることのない、名もなき罪の数々。

そんなことで、殺されるのか、あるいは殺そうとするのか。
それは、あくまでも殺される側の論理であってこの際は関係ない。
誰でも殺意の一度や二度は抱くことがあるだろう。
思い出してほしい。
あなたが殺意を抱いたその相手は、そんなに大きな事をあなたにしでかしたのか。
ほら、これが現実なのだ。
あたしが尋ねてもなかなか答えられないはずだ。

最近、現場の後始末を担当する掃除部から本部に報告が入ったらしい。
わたしの現場には血の量が多すぎると。
確かに、相手がすぐに答えてくれないと、その間に血は流れ続ける。

だから、もうわかっているだろうけれど、あなたには、しっかりと考えておいてほしい。
わたしが、
「どうしてあなたは殺されるの?」
と尋ねた時に、すぐに答えられるように。
できれば、わたしが納得してとどめをさせるような理由をね。

わたしはベッドの男の首から抜きとったナイフを、その手に握らせた。
今回も少し血を流し過ぎたかもしれない。
下着のままで熱いシャワーを浴びる。
あなたのところに行く日?
それは、答えられない決まりなの。
近いうちにとしか。

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