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『身の上話』

あの人、酔うと話が長くなるのよ。
いつも同じ話ばかりでごめんなさいね。
あたしは、そう言って他の客に頭を下げる。

俺はな、親に捨てられた。
小さな橋の下にな。
それを、おじいとおばあが拾って育ててくれた。
俺は、すくすくと育ったんだ。
ある夏の日にな、学校から帰ると人だかりがしている。
近所のおばさんが、
「あんたのお父さんとお母さん、首吊ったよ」
言いにくいことをはっきり言いやがる。
しかも、どちらも両親じゃない。
文句を言うのも面倒で、俺は人をを押し退けて中に入った。
そうしたら、本当に首を吊ってやがる。
それも、2人仲良くな。
俺は、また捨てられたってわけだ。
それからさ、俺がぐれ始めたのは。

ここからしばらくは、自分がいかに不良だったかの自慢話が延々と続く。
慣れた客は、このあたりで店を出ていく。
いい歳をしてやめなさいよ。
言っても、あの人は嬉しそうにやめようとしない。

商店街の中にある、中華料理屋。
俺は、働くようになると毎日のように通ったのさ。
何故かって。
それは、その店の女の子に恋をしたんだ。
初恋ってやつかな。
大体、俺のような人間は人を信用できない。
どうせ裏切られるに決まっている。
また捨てられるんじゃないかってな。
でも、その子は違った。
目を見りゃわかるさ。
毎日、毎日、俺は通ったのよ。
給料日には、ビールまで張り込んでな。
未成年だったよ、当たり前だ。
誘ったのは、もちろん俺さ。
日曜日に、俺は人生で初めてネクタイってやつを締めて出かけたな。
縞々のスーツ。
預金を使い果たしてな。
俺たちは、映画を見たり、バーで酒を飲んだりした。

ここからが要注意だ。
あの人のグラスに最後の酒を注ぐと、瓶をカウンターの下に隠す。

それが、ある日、仕事が終わっていつものように店に行くとな。
そう、それも夏だった。
どこかで見たような人だかりができてる。
おまわりもいる。
「どけ、どけ」
俺は、店の親父をつかまえて聞いた。
「あの子が、店の金持って逃げやがった」
こう抜かしやがる。
まるで、俺のせいだと言わんばかりだ。
おまわりにも事情を聞かれた。
こっちは、それどころじゃない。
また、捨てられた。
裏切られた。
俺は、唸りながら商店街を走った。
みんな、どいつもこいつもやっつけてやる。
それでな…

最後の客に目配せをする。
客が静かに外に出た後、あたしは店の暖簾を片付ける。
あの人は、カウンターに突っ伏して眠っている。
その手から、そっとグラスを取り上げる。

それで、商店街を走り抜けた所に彼女が待っていたのよね。
その初恋の人があたしだというのは、2人だけの秘密。

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