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『悲しい朝に』

幼馴染といえば、そうなのかもしれない。
私の家族が越してきた向かいが、彼の家だった。
幼稚園に通う頃には、男女に関係なく、身近な同世代が友達になる。
私たちは、いつも一緒に遊んでいた。
朝の迎えのバスを待つ時から、夕方、どちらかの母親が呼びに来るまで。

小学校に入って少しすると、彼にも、私にも、新しい友人ができた。
その頃になって、気づき始めた。
彼の友人には、何となく女の子が多いなと。
つまり、彼はモテていた。
入学したての頃は、家が同じ方向の私たちは一緒に帰ることになる。
そこに少しずつ、他の女の子が加わるようになってきた。
中には、全く逆方向なのに途中までついてくる子もいた。
私と彼は、家が向かいなので、最後まで一緒に帰ることになる。
そのことに対してなのか、あからさまに私に対して敵意を剥き出しにする子もいた。

彼は、確かに格好良かった。
少し長めのサラッとして髪の毛をかき上げる仕草は、女子には眩しく見えただろう。
運動神経も良かった。
幼い女の子にとっては、男子を好きになるのに運動神経は必須だった。
それに加えて、彼は、他の科目の成績も悪くはなかった。

学年が進むにつれて、私たちも行動をともにすることが減ってきた。
帰りも、別々の友達と帰るようになった。
ひとりになって、前方に彼の姿が見えても、わざとペースを落として歩くようになった。
彼も、振り向いて私に気付いても、そのまま歩き続けた。

中学に入ると、彼はさらにモテるようになった。
陸上部で活躍するとともに、クラス委員なども積極的にこなした。
体育祭のリレーでは、いつもアンカー。
教室では常にみんなを笑わせたが、先生も一緒になって笑う。
確か中学2年の文化祭の頃に、彼から告白された。
彼は私よりも頭ひとつ背が高くなっていた。
「今更なんだけど」
と彼は言った。
「今更だけどね」
と私も返事をした。

2人とも近くの公立高校に入学が決まっていた3月の終わり頃。
彼の家族が突然引っ越すことになった。
「父の仕事の関係で」
としか言わなかった。
父親の実家だという住所を渡された。
そのメモは、今も私の家に残っている。
多分、使っていた部屋の押し入れの中で、他のノートに挟まれているはずだ。
彼がいなくなって2ヶ月経った頃に、その住所に手紙を書いたが返事はなかった。
もう役に立たないメモなのだなと思ったが、捨てられなかった。

私は、高校を卒業後、メイクの仕事を目指して上京。
専門学校に通った。
その方面の仕事についたが、続かなかった。
たまたまその職場がそうだったのか、業界がそうだったのか。
仕事の内容も、人間関係も、華やかさも、思っていたのとは違った。
その後は、転職を繰り返した.
少しずつ家族とも疎遠になった。

ある日、私が働いている店に、彼が客としてやってきた。
もちろん最初はわからなかった。
髪型も変わっていたし、後で分かったことだが少し痩せてもいた。
たまたま私が隣に座ることになった。
お酒を作りながら、田舎の話、子供の頃の話になった時に、
「もしかして?」とお互いを指差した。
続いて「どうして?」

彼は、都内で会社を経営していると名刺をくれた。
IT関係の仕事で、数年前に起業して、ようやく軌道に乗り出したらしい。
「だから最近は忙しくて」
取引先との会食の後に、たまたま息抜きとして寄ってみたのがこの店だと。
店の外で会うようになり、彼が私の部屋に泊まることが増えてきた。
中学の頃の同級生や担任の話を、彼はあまり覚えていないようだった。
いつも、「そうだったかなあ」と私の肩に腕を回す。
転居後のことも、多くは語らなかった。
だから、役に立たなかったメモのことも聞けなかった。

その朝、目覚めると、彼の姿はなかった。
携帯にメッセージを送ったが既読にはなかなかならない。
急ぎの仕事ができたのだろう。
買い物に出かけようとして気がついた。
財布がない。
ドレッサーの前に置いていた時計や、ネックレスも無くなっている。
彼の携帯にかけるが、留守電にもならない。
もらっていた名刺の番号にかけてみた。
聞き慣れたメッセージの後、電話は切れた。
ベッドに腰掛けて、しばらくすると涙が流れてきた。
泣きながら、いつの間にか笑っていた。
それは、私のためだったのか、彼のためだったのか。

私は、ベッドのシーツの下から長財布を取り出した。
彼がこの部屋に来るようになってから、小銭入れはドレッサーの上に、長財布はここに隠すようにしていた。
何故だろう。
悲しいといえば、彼と出会ってからずっと悲しかったような気がする。
そうだ、彼との朝はいつも悲しかった。
足元に彼の安いライターが落ちている。
「馬鹿なやつ」






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