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共感と分析のあいだ

「共感の資本主義」とコロナ

 昨年の1月に、共感の資本主義が到来する未来予想図をnoteで書きました。消費や投資などの経済行動の判断軸に、「共感」が加わり、重みを増してくる予想図です。若い世代を中心に、環境や社会に配慮する企業の商品を好んで消費したり、社会的な利益を経済的利益を一致させる企業の株に投資したりする傾向が加速される主旨を書きました。それから1年が経ち、新型コロナウイルス禍のさなか、これらは今、確信にいたっています。

 人は厄災に遭うと、ヒトとしての種の原点を思い出すのでしょうか。損得勘定よりも、自らの中にある真っ当な心を見つめ直すのでしょうか。プロの機関投資家も、ベンチャーキャピタルも、同じことを言っています。企業の価値評価は財務分析だけではない。社会課題の解決を事業の柱に据えているかを見ている。なぜなら事業の動機が強い会社は、顧客や従業員の共感を集められ、長期的に勝ち続けるからと。

資金シフトがはじまった

 そして実際にお金は動きました。2020年1月から11月までの間、機関投資家たち(Mutual fund, ETF)は、サステナブルな資産に世界全体で2,880億ドル(約30兆円)を投資しました。これは、2019年通年と比較して96%の増加です。この事実は世界最大の運用機関、ブラックロックのCEO、ラリー・フィンクのレターからの引用です。これは資本の長期的かつ急速なシフトのはじまりに過ぎない、と言っています。

気候リスクは投資リスク

 ブラックロックが運用するお金は、世界で800兆円。日本のGDPを大きく上回ります。CEOのラリー・フィンクが毎年強調していることですが、そのお金のほとんどは、年金などの、普通の市民の老後の備えを預かっているものです。つまり、今の若い人たちがおじいさん、おばあさんになる遠い将来にも経済的なリターンを出すのが責務です。もし資産規模が小さければ、あるいはすでに退職した人たちの余生の期間であれば、運用の工夫でなんとかなるかもしれません。ですが、ブラックロックの規模では、50年後の世界経済のリスクを、そして地球規模の気候変化がもたらす顛末(てんまつ)を避けることができないのです。だからこそ、昨年のレターでは、”Climate Risk Is Investment Risk”と気候変動へのリスクに対処するよう、企業に強く訴えていました。

ステークホルダーへの価値=株主の永続的な利益

 もちろん、「サステナブルな資産」とは気候に関することだけではありません。ラリー・フィンクは2018年のレターにおいて企業の存在意義というか、理念のようなものをPurposeとし、Purposeが利益につながるのだと書いていました。今年も、Purposeは永続的な利益をもたらすことができると繰り返しました。

”あなたの会社が顧客、従業員、そして地域社会に価値を提供するという存在意義(Purpose)を示すことができれば、それだけ競争力を高め、株主に長期的で永続的な利益をもたらすことができます。” 

(原文)"The more your company can show its purpose in delivering value to its customers, its employees, and its communities, the better able you will be to compete and deliver long-term, durable profits for shareholders."

(※ブラックロック・ジャパンでは、Purposeを存在意義と和訳しています)

サステナブル投資の評価は「共感」だけじゃない

 30兆円もの資金が11カ月で動きました。それは「共感」だけで動いたわけではありません。ともすれば、「ESGっぽいことのアピール」をすればよいのかと勘違いし、ESGに少しでも関係することやSDGsっぽい取組みを社内のどこからか探している企業の人はいないでしょうか。企業家は、お金が動くには、それなりの冷静な「分析」も伴っていることを忘れないでほしいと思います。機関投資家は今、「ESGウォッシュ」と呼ばれる、上辺だけの善行をする企業を投資先から排除しようと努めています。企業が行う社会や環境への配慮が、長期的に株主に経済的利益をもたらすESGなのかを評価しているのです。私が長年投資家の皆さまと対話した経験を元に述べると、投資の評価は、共感と分析の間を行ったり来たりして決まるものです。どちらも大事です。

共感→分析→分析→分析→共感→投資

 社会課題の解決に向けた共感からはじまるとすると、どういうステップを踏むのでしょうか。次のような様々な分析が行われます。

共感:(社会価値)課題の解決に向けた理念への共感

分析:(顧客価値)顧客観点での優位性、市場の大きさ(=解決できる課題の裾野の広さ)はどの程度か分析

分析:(ステークホルダー価値)従業員や取引先などのステークホルダーに適切に対価(費用)を分配しているか、継続的な関係が可能か分析

分析:(株主価値)その上で、しっかり株主利益を確保しているか、株主の権利を守る仕組み(ガバナンス)を整えているか分析

共感:(サステナビリティ)関係するステークホルダーにバランス良く価値を配分している、つまり持続性ある事業と共感

意思決定:投資スタイルやタイミングが合えば、投資を決定!

 共感からはじまった評価は、最終的に株主の利益を確保している分析結果を経て、共感がさらに強まり、確固としたものになるのです。

 投資家が求めているのは、「長期にわたって」「株主にとって」「持続可能性な」ビジネスモデルです。共感は与えられるけれども持続可能性が難しそうな例をあげてみましょう。オーガニックかつフェアトレードな食材で一流シェフが障がい者とともに作っている料理を、一等地のレストランで、町の定食屋と同じ価格で提供するケース。これは顧客には価値があるし、社会的にもよいことをしていますが、「これでやっていけるの?」と思いますよね。この「やっていける」がポイントです。

 評価されるのは、持続性のある取組みです。「長い間やっていける」仕組みに織り込まれているものです。必然的に、事業に関係のないものはそぎ落とされ、企業価値にプラスになるESGか、企業価値がマイナスとなるリスクを減らすESGか、どちらかになると思います。投資家は、そういうESGを評価します。

共感の壁と分析の壁を乗り越えよ

  私は長い間、資本市場との対話に携わり、”共感の壁”も、”分析の壁”も、同じくらい厚いものだと感じています。定量分析を経ても、なんとなく魅力を感じなければ、投資には至らないことを「共感の資本主義」では書きました。それと同じくらい、共感を入口に評価・分析を開始しても、「この会社やっていけるの?」と疑念を抱かれたらやはり投資には至りません。
 企業と社会と株主との絶妙なバランスが成り立っている企業であれば、心ある投資家の”共感の壁”と”分析の壁”の両方を越えられ、高い評価(と資金)を集められるはずです。
 先程のレストランのケースでいうなら、仕入れやサービスになんらかの秘けつがあって「やっていける」ビジネスとなる可能性もあります。そのようなビジネスモデルの妙こそ、投資家の大好物です。事業のサステナビリティと社会のサステナビリティ、両方を実現できる経営者が「共感の資本主義の時代」の主役となるでしょう。

22世紀にも共存できる経済に

 企業がもっと顧客とつながり、もっと従業員とつながり、もっと社会につながることが持続的な発展になると考えるのがESG投資です。3年や5年という期間で見れば、ESGへの傾注によって事業の成長率は低くなるかもしれません。ですが、30年後、50年後、100年後の価値創造の観点では、むしろ成長が高まる可能性を信じたいと思います。今年産まれる赤ちゃんが、80歳になるのは22世紀です。今のままの地球で彼ら彼女らが私たちと同じような寿命の長さを享受できるでしょうか。経済はどうなっているでしょうか。22世紀も人類が地球と共存できるよう、お金が巡ることを期待しています。

ーENDー

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!