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『失敗の本質~日本軍の組織的研究』の検証

大東亜戦争中の日本軍の組織的な分析を行った『失敗の本質~日本軍の組織的研究』という本があります。組織論の名著として知られ、現在まで読み継がれているベストセラーです。

算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」を主宰する田村和広氏が、アゴラ言論プラットフォームに2021年に投稿した『名著を検証する:「失敗の本質」を精読』という全6回の記事 ~特に第2回~ に共感する部分があったので、記憶が鮮明に残っている間に記事に残します。

各所で援用される『失敗の本質』の結論

日本軍は環境に過度に適応し、官僚的組織原理と属人ネットワークで行動し、学習棄却(かつて学んだ知識を捨てた上での学び直し)を通して、自己革新と軍事的合理性の追求が出来なかった

Wikipediaより

本書のメッセージはあまりにも有名かつ説得的な為、しばしば日本の組織共通の弱点のように各所で〜時に論者の意見を補助したり、権威付きしたりするために〜援用されています。個人的には、本書で好意的に扱われている自己革新組織には、100%納得していません。

時代の空気が混じっているリスク

第二回で、田村氏は同書の著者と読者が共有していたと考えられる『暗黙の前提』を考察します。これが、私が面白いと感じた部分です。

大東亜戦争の開戦に至る理由は、本書の分析対象にはなっていないものの、前提として「日本が大東亜戦争に突入した」という能動態で捉えていることに着目しています。本書初版発刊(1984年)から40年近く経過した現代では、大東亜戦争(一般には太平洋戦争か)は、日本が開戦を回避できなかった戦争、という受動態的な認識に変化していることを指摘しています。

1970~80年代、『戦争の責任は日本にあり、その元凶は独走した軍部とそれに与した一部の政治家』というイデオロギー史観が全盛でした。実際、私はそのストーリーを前提に教育されたし、同世代の人たちは、今でもそのように理解している人も少なくないでしょう。戦争や軍人に対するネガティヴ感情が強く、ナイーブで理想主義的な平和礼讃の空気になりがちなのも理解できます。

『失敗の本質』の論証展開にも、当時のこの支配的だった歴史観が影響している可能性は否定できません。

『失敗の本質』が執筆された時期の常識とは異なる新たな史実が発見されており、論証に影響を与えかねない事実誤認も指摘されています。田村氏が、『失敗の本質』に書かれている内容が、現代では微妙な内容を含むようになってきているにもかかわらず、改訂版が出ておらず、「失敗学のバイブル」のような位置付けになってしまっていることに警鐘を鳴らしていることに共感します。

田村氏は、『失敗の本質』が示唆に富んだ名著であることに異論はないものの、その内容が名著という威光によって、その書かれた前提条件や時代を経たことで露呈した内容的な不備が、未検証のままに各所で援用されていることの危険を指摘しています。それは、本書の重要なメッセージである『環境に適応し過ぎて、学習棄却ができず、自己革新的組織になれなかった』の態度そのものかもしれません。誤った教訓から演繹される改善策は、効果がない以上に、逆に害悪にもなりかねません。


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